研究課題/領域番号 |
19K12969
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研究機関 | 藤女子大学 |
研究代表者 |
松村 良祐 藤女子大学, 文学部, 准教授 (80612415)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 西洋中世哲学 / トマス・アクィナス / アリストテレス / 擬ディオニュシオス / 情念 / 愛 / 脱我 |
研究実績の概要 |
愛や怒り、憎しみ、欲望といった多様な情念を取り扱う西洋中世の思想家の特質の一つは、彼らが聖書的な原理をもとに「愛」を全ての情念の中心に置いた上で、諸情念の分類を試みていることである。しかし、愛の中心性は各思想家において異なった仕方で説明されており、それゆえ、彼らがどのような仕方で愛を諸情念の中心に据えた上で、諸々の情念を分類しているかが問題になる。トマス・アクィナスとボナヴェントゥラという13世紀の思想家に至る情念論の系譜を検討するに当たって、今年度はトマス・アクィナスの情念論の枠組みについて、愛を基点として考察を行った。 トマスが『神学大全』第1-2部第26-28問題に展開する所謂De amoreと呼ばれる一連の議論において、愛の定義や愛が生じる原因としての類似性、自己愛から他者愛の派生といった自身が語ろうとする愛を形作る重要な要素をアリストテレスに求めていることはたしかであり、こうしたトマスとアリストテレスの親和的な関係も従来の諸研究において幾度となく指摘されてきた点である。しかし、愛によって生じた諸々の結果を主題とする『神学大全』第1-2部第28問題に目を向けてみるのであれば、そこには擬ディオニュシオスと関わりの深い合一や相互内在、脱我、張り合い、損傷(更には、溶解、享受、熱情、憔悴)といった語が並べられ、さながらこの第28問題は『神名論注解』に次ぐ「第二の注解」と呼べるほどに擬ディオニュシオスの影響があることを映し出している。このことは愛の諸結果についての「脱我(extasis)」についてのトマスの理解を見ることで特に顕著な点である。そこで、今年度は、こうした「脱我」についてのトマスの取り扱いに焦点を当て考察を試みることで、従来の諸研究においてあまり語られることのなかった擬ディオニュシオスの影響について浮かび上がらせることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
西洋中世における情念論の源泉への考察を試みる研究は、トマス・アクィナスとボナヴェントゥラの情念論の源泉の剔出と対比、そして徳論との関わりをその射程に収めている。その一年目にあたる今年度(2019年度)は、トマス・アクィナスにおける情念論の考察を主題とするものであったが、その周辺領域の研究は本研究を申請するにあたっての準備的考察として行った蓄積があり、これを基盤とすることで、一年目の作業を概ね予定通り進めることができた。とりわけ、トマスの情念としての愛理解に流れ込む擬ディオニュシオスからの影響についての考察は、マイナーやクワシニエフスキらによってようやく近年になって目が向けられ始めながらも、未だ数編の研究がなされるに留まっている状況にあり、そうした状況下において、『神学大全』第1-2部第28問題を詳細に読み解くことで、これまでの研究において余り触れられることのなかったトマスの愛理解のひとつの源泉を浮かび上がらせることができたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
今年度も前年度に引き続き、トマス・アクィナスとボナヴェントゥラが情念論を展開させるに当たって用いた源泉を考察する。一般に、13世紀の思想家における情念論は、アヴィセンナの『魂について』受容を一つの契機とし、その影響下で成立したと理解されることが多い。しかし、西洋中世には、諸情念の分類や内実を、人間が自身を越えて神を全体的な仕方で愛し、神を味わう宗教的な体験との関わりの中で展開してきた修道院神学の伝統があり、こうした修道院神学の伝統はたしかにトマスやボナヴェントゥラの情念論に流れ込んでいる。特にこのことはボナヴェントゥラにおいて顕著な特徴である。今年度はボナヴェントゥラの情念論の枠組みについて考察を行う。 しかしながら、『神学大全』第1-2部第22-48問題のような諸情念とその枠組みについての体系的な分析を残したトマスとは異なり、ボナヴェントゥラの内に情念そのものを主題とした作品は見られない。ボナヴェントゥラが情念について論じるのは、神へと上昇する人間精神の在り方や理性、徳との関わりにおいてである。そこで、今年度はこうした諸点からの考察が見られるボナヴェントゥラ最晩期の著作『ヘクサエメロン講解』をもとに、彼の情念論について見ていく。『ヘクサエメロン講読』は神へと至る人間の完成の歩みが創造の六日間と対応させられ、その第一日目(特にcoll.5-7)において諸情念がそれを癒す諸徳との関わりにおいて取り扱われている。ボナヴェントゥラがそこでの考察の源泉とするのは、マクロビウスを経由して伝わったプロティノスや、大グレゴリウス、アウグスティヌス、アンセルムスらであり、本年度は『ヘクサエメロン講解』を基本テキストとしてボナヴェントゥラの情念論の源泉を浮かび上がらせることを目指す。
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