研究課題/領域番号 |
19K12969
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研究機関 | 藤女子大学 |
研究代表者 |
松村 良祐 藤女子大学, 文学部, 准教授 (80612415)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | トマス・アクィナス / ボナヴェントゥラ / 情念 / 愛 / 徳 / 枢要徳 |
研究実績の概要 |
今年度はトマス・アクィナスとボナヴェントゥラを取り上げ、国内学会・研究会において、それぞれ情念論における愛の位置づけと、情念と徳の関係を主題として2回の研究発表を行い、学会誌への論文投稿を行った。今年度の補助金は、主に上記の研究を遂行するための文献の購入費に当てた。 (1)トマスの情念論における愛の位置づけを巡っては、京大中世哲学研究会で発表を行った。この発表では、愛を表わす上で用いるトマスの用語法に焦点を定めた。トマスが愛を表わす上で用いる多様な用語法はときに「奇妙な揺らぎ」と受け止められ、トマスの愛に対する確定的な理解を阻む障害として捉えられる。しかし、トマスは形而上学的側面や心的側面といった多様な視点から愛という情念の持つ豊かな内実を言い表そうとしており、そこに彼以前の中世の思想家には見られない、情念論の先駆者としての革新性が見られることを明らかにした。なお、この研究を遂行するにあたって、補助金を用いてトマスの情念論に関する文献(辞書類を含む)を多数購入した。 (2)ボナヴェントゥラにおける情念と徳の関係を巡っては、中世哲学会で発表し、その成果の一部を『中世思想研究』に投稿した。この発表及び論文では『ヘクサエメロン講解』をもとに情念と徳の関係を検討した。『ヘクサエメロン講解』における関心は、恐れ、悲しみ、喜び、希望という主要な情念をどのように秩序付けるかという点に置かれ、そこで対神徳と共に注入される枢要徳の役割が強調される。そこに情念そのものを主題としたトマスのような体系的な分析は見られないものの、トマスと同様にボナヴェントゥラは諸情念の中心に愛を置き、愛が癒されることで諸情念が秩序あるものとなると考える点で、情念を論じる上での共通のフレームワークがあることを明らかにした。なお、この研究を遂行するにあたって、補助金を用いてボナヴェントゥラに関する文献を多数購入した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は、研究対象をトマス・アクィナスからボナヴェントゥラへと広げ、情念論とその源泉に関する研究を行った。 (1)まず昨年度はトマスが愛という情念を論じる上での源泉について、これまで余り論じられることのなかった擬ディオニュシオスからの影響という視点から取り扱い、トマスの愛理解の内に見られる新プラトン主義的な性格の摘出に努めた。 (2)次いで、昨年度の研究に続き、今年度はトマスの用いる用語法という視点から情念論の先駆者としてのトマスの革新性を明らかにすると共に、その情念論の枠組みにおけるサン・ヴィクトルのリカルドゥスら先達からの影響を一部指摘し、アリストテレスの陰に隠れ、これまで余り言及されることのなかったトマスの情念論の源泉を明らかにすることができたと考えられる。更に、今年度は研究対象をトマスからボナヴェントゥラへと広げ、『ヘクサエメロン講解』の考察をもとに、諸情念の中心に愛を置く、トマスとボナヴェントゥラに共通のフレームワークがあることを明らかにし、西洋中世の情念論の源泉を描く上での一定の下地を整えた。 しかし、上記(1)、(2)で述べたように、研究自体は着実に進展しているものの、今年度はCOVID-19の拡大に伴い、学内業務が逼迫し、当初、学会誌への2本の論文の投稿を予定していたが、結果として、1本の論文投稿に留まっている状況がある。この点において、本研究はその成果の公表に関して当初の計画よりもやや遅れている。当初予定していたもう1本については現在執筆中であり、次年度における論文投稿を目指したい。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、(1)昨年度までの研究とその成果をもとに、トマスとボナヴェントゥラの情念論の源泉についての更なる研究を進める。また、(2)今年度に確認することのできなかったテキスト(『命題集注解』などの初期著作)をもとにトマスの情念論の枠組みについて更に検討する。 (1)に関する研究の推進方策として、トマス・アクィナスとボナヴェントゥラが情念論を展開させるに当たって用いた源泉を考察する。13世紀の思想家における情念論は、アヴィセンナの『魂について』受容を一つの契機とし、その影響下で成立したと理解されることが多い。しかし、西洋中世には、諸情念の分類や内実を、人間が自身を越えて神を全体的な仕方で愛し、神を味わう宗教的な体験との関わりの中で展開してきた伝統がある。上記の「現在までの進捗状況」において述べたように、これらのトマスやボナヴェントゥラの情念論に対する影響は擬ディオニュシオスやサン・ヴィクトルのリカルドゥスからの影響という仕方でその一端を明らかにしたが、今後において更なる解明を目指す。 (2)に関して、運動の始点から運動、終極へと至る自然学的な運動をモデルとして諸情念における愛の中心性を説明するトマスの試みは革新的であり、それは初期の『命題集注解』には見られない。情念論を主題とする初期から後期に至るトマスのテキストを検討することで、上記の立場が成立するに至る過程を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度においては、学会・研究会への出張旅費を計上していたが、covid-19の感染拡大に伴い、オンラインでの学会・研究会の開催となったため、出張旅費を申請しなかった。次年度の使用計画として、現在準備中の英語論文の英文校正費及び、国内外の学会参加費を支出予定である。また、今年度以上の文献調達の充実を目指す。
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