戦後派文学の系譜にある小説家であり中国文学者である高橋和巳の戦後民主主義観を明らかにした。高橋が大阪大空襲による廃墟のなかで思想形成をはじめ、国家価値から民主主義への急激な価値転換を冷めた目で見つめたことを、来歴に即して跡づけた。 高橋は1950年代初頭に「京大天皇行幸事件」に端を発する抗議活動に参加した後、政治活動から離れていった。60年安保闘争時、最前線に立つことはなかったものの、デモへの参加や10年後に犠牲者への追悼集を編むなど、関心を持続させていたことが伺える。高橋は、同時代的に発言していた竹内好や埴谷雄高らの民主主議論を継承しつつ、「戦後民主主義」への考えを深めていった。その後、全共闘支持による自己解体へと至る過程で、高橋は「戦後民主主義」と対峙し、自己の思想を先鋭化させていった。 戦後日本は敗戦体験の思想化に失敗したとみなす高橋にとって、「戦後民主主義」とは理念となる価値ではなく、議会制民主主義などへの反抗心をあらわにしている学生は戦後民主主義の矛盾を体現する存在であった。戦後二十年たって顕在化した精神的空虚は、戦後民主主義の矛盾のあらわれであると高橋はみている。学生運動論で高橋は、「思惟のねじり合い」という表現を度々用いる。高橋にとって学生運動の持つ意義、そして日本の行き先とは、超越的な視座からではなく、個々の主体が相互主体的に「思惟をねじり合う」ことによって指し示されるべきものだった。 これらの成果を「高橋和巳における超越的価値への志向―戦後民主主義のただなかで―」(出原政雄・望月詩史編『「戦後民主主義」の歴史的研究』2021年、法律文化社、所収)で刊行した。
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