研究課題/領域番号 |
19K12989
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
洞ヶ瀬 真人 名古屋大学, 人文学研究科, 博士研究員 (10774317)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ドキュメンタリー / エコロジー / メディア史 / 公害問題 / 記録映像 / 放送文化 / 映像表現 / 社会運動 |
研究実績の概要 |
本年度は『苦海浄土』関連のテレビドキュメンタリーについての調査分析に注力した。まず、石牟礼の小説をもとに1970年に制作・放送された『テレビドキュメンタリー・苦界浄土』について、音楽や映像描写などの小説にはない表現に焦点をあてた研究を行った。その結果、作品の表現手法は、経済発展の帰結として生じる水俣病のような公害問題から、その恩恵を受けているために目を背けがちな一般市民の意識にも、映像音声の工夫を用いることで働きかけ得るものになっていることが見えてきた。特に作品で使われるリフレインに満ちた無調音楽と、狂言回しの役割で現れる俳優の身体性には、ドキュメンタリーの対象である水俣病当事者たちと視聴者の間にできる傍観的な関係を転覆させる働きが生じている。そこでは、水俣問題を視聴者の観点に合せて描写するのではなく、視聴者の意識(主体感)を水俣問題の複雑さや苦しみに付き従わせるような表現の効果が生み出されていた。 第二に、水俣の風土や自然の問題を『苦界浄土』のように含んでいる、熊本放送制作『0.00α・第三水俣病』(1973年)にも着目し映像表現の分析を行った。この作品では、ナレーションを用いず、事件について制作者側から視聴者に語りかけない態度を取りながら、一方で、当事者たちのインタヴュー音声や意見の異なる制作側の人物たちの議論する肉声が、水俣の風景映像に重ね合わされてゆく。この手法によって、当事者や制作者の担う主体性を声だけで表すことで弱めながら、声を持たないが映像で表象される水俣の自然とそれが汚染される問題性の方を前景化させる効果が生み出されている。 これらの試みが、政治力学の上で対峙するいずれかの立場の代弁にはならない映像表現となっている点は、単なる自然擁護の訴えでは成り立たなくなった現代のエコロジー問題を映像ドキュメンタリーでどう扱うか考える上で、示唆に富むだろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本年度は、法政大学大原研究所や、横浜市放送ライブラリーが所蔵する水俣病関連のテレビドキュメンタリーを中心に調査を進めてきた。その過程で、『111・奇病15年のいま』(1969年)の制作者や、90年代以降の熊本放送で水俣病ドキュメンタリーを数多く残したディレクターから研究協力を仰ぐ機会を得て、聞き取り調査を行うことができた。その一方、前年度まで受けていた科研費課題を延長して取り組んだため、本課題では予定通りに着手できなかった部分が出ている(16K13182)。特に、ドキュメンタリー的な観点を通した石牟礼文学の再考を模索していたが、この点にあまり取り組めなかった。また、さらなる制作者への聞き取りや、熊本大学、水俣病歴史考証館などが所蔵する水俣ドキュメンタリー関連の資料調査も年度末に行う予定だったが、コロナウィルスの蔓延による自粛・施設閉鎖で、実施がかなわない案件も数多く出てしまった。こうした課題は次年度に持ち越して引き続き取り組みたい。 熊本大学や歴史考証館の資料に関しては、訪問し実地検分した結果、雑観した限りでも膨大な資料があるとわかったので、これらのアーカイブ調査に研究リソースを予定以上に割く必要性も新たに生じている。また、調査過程で、熊本の水俣病だけでなく、新潟で生じた第二水俣病やその他の公害にも目を向ける必要性を感じている。前者に関しては、著名なドキュメンタリー制作者・佐藤真が残した作品もあり、是非とも研究に取り入れたいと思う。
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今後の研究の推進方策 |
まず、昨年度着手できなかった、ドキュメンタリーの観点からの石牟礼研究を進展させたい。特に、『苦界浄土』の後書きにある石牟礼自身が掲げていた「記録主義」の意味と意義についての調査を、熊本大学などが持つ資料を手がかりに進める。また、石牟礼の著作集には、『テレビドキュメンタリー・苦海浄土』(木村栄文、1970年)の制作に協力した経緯が少し残されているので、それらをもとに石牟礼とドキュメンタリーの関係性について考察を深めたい。熊本放送制作のドキュメンタリーについても、何人かの制作者と連携がとれるようになったため、引き続き聞き取り調査などを進める。 第2年度に掲げた課題にも着手したい。まず、土本典昭のドキュメンタリーについて、『水俣・患者さんたちとその世界』(1971年)の制作過程を、アーカイブ資料をもとに読みときたい。熊本大学文書館では、水俣病の資料収集に努めており、ドキュメンタリーに関連したものも数多く保有し、近日中に公開になるものもあるという。水俣病歴史考証館でも同様の資料収集が進んでいるため、これらを併せて利用することで、土本関連の調査を進めたい。また、NHKのテレビドキュメンタリーについては、NHKアーカイブスが主催する「学術利用トライアル」に申請し、審査通過を果たせ次第、調査を進展させたいと思う。 成果発表については、国際学会への参加を通して海外に向けた発信も目論んでいる。現在、コロナウィルスの影響により世界中で研究会議が開けない状況にあるが、これが叶った暁には、水俣病ドキュメンタリーを概括する発表を行いたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度までの科研費課題(16K13182)を延長して取り組んだため、その分、こちらの課題では予定の通りに取り組めなかった部分が数多くでてしまった。特に、研究協力者を招聘した研究会などを催すつもりでいたが、これには全く取り組めなかった。未使用部分の大半はこのためのものである。また、年度末に予定していた調査旅行などが、コロナウィルスのあおりを受けてしまったため、旅費の未使用も生じている。これらの未使用予算については、本年度以降に行う予定の研究会開催費や、未実施の調査遂行に充てたいと思う。
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