研究課題/領域番号 |
19K12989
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
洞ヶ瀬 真人 名古屋大学, 人文学研究科, 博士研究員 (10774317)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ドキュメンタリー / メディア史 / 公害 / エコロジー / 環境問題 / 映像倫理 / 映像表象 |
研究実績の概要 |
主に、コロナ禍で実施できなかった計画を、他者への倫理の哲学など理論面での学知を新たに取り入れながら以下のように実施した。 まず、ユージン&アイリーン・スミスの写真と活動について検証した。写真集『MINAMATA』では、原因企業に対する批判が鮮明に示されるものの、企業に与する人々に対しても写真と共に言葉を尽くして向きあっている。その姿勢は、ジャーナリズムの客観姿勢(objectibity)を批判する序文が暗示するかのような主観的なものでもなく、誰であっても他者である撮影の対象(object)に寄り添う別のobjectivity(Barad, 2007)として評価できるとわかった。また撮影対象への姿勢という点で、アイリーン・スミスが本作で描いた胎児性患者を代表する坂上しのぶの写真描写に着目し、他者への倫理に満ちた映像実践として再評価を試みた。 次に、土本典昭の水俣病ドキュメンタリー制作にみられる、長時間の上映時間へのこだわりに着目し、その映像時間に現われる他者への倫理性を考察した。土本は編集作業に際し、撮影した20時間超のフィルムに映る被害者たちの姿に倫理性を感じてそれを切り刻むことをためらい、長時間の作品構想や、ラッシュフィルムそのままの上映会などを行っている。こうした土本映画の試みを、長時間という特徴が共通するホロコースト映画や、時間の倫理性に関するエマニュエル・レヴィナスの思想などとも比較しながら検証し、内容をカルチュラルスタディーズ学会の年次大会で発表した。公害の犠牲者という他者に映像で向き合うかれらの姿勢には、単に過去の映像記録の実践を振り返る歴史的意義以上に、我々の時代にも生まれ続けている様々な犠牲や複雑な社会問題への向き合い方という点で、示唆に富む映像の可能性が示されている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
完全ではないが、コロナ禍による制限の緩和を受けて、調査旅行の再開やNHKアーカイブス・学術利用トライアルの応募採用・調査なども実施することができた。しかし、当初の予定計画からはほど遠く、熊本・水俣地域での現地調査が本格的にできなかったことや、時間が空いてしまったために目当てにしていたインタビュイーと連絡がつかなくなるというトラブルもあった。また今年度から、全国の公害に関する映像記録全般を扱う研究課題を基盤研究Bで開始することになった(「環境汚染と映像の詩学――公害に向き合った映像の記録と表現についての研究」22H00613)。そのため本課題と同時進行になる分、割ける研究エフォートの面で困難もあった。 NHKアーカイブスでの調査は収穫が多く、水俣病に関しては、映像記録の少ない時期である1964年に制作された番組を発見することができた。内容的にも見どころが多いため、次年度での検証に力を注ぎたい。
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今後の研究の推進方策 |
延長最終年度である本年は、まず成果発表に注力したい。現在2本の論文の共著出版をめざしている。一つは、NHKアーカイブスでの調査結果をまとめる論文で、水俣病だけでなく、NHKが1960~70年代に制作してきた数ある公害ドキュメンタリーの試みを、主に被害の中心にいた漁業従事者や子どもの描写を焦点に議論したいと考えている。もう一つは、近年公開され話題になった映画『MINAMATA―ミナマタ―』(2021年)について、事件の歴史時間をフィクションも交え省略的に描く描写をめぐり、過去の土本典昭作品の時間の扱いかたと比較する論考を用意している。また、近年注目が集まる障害者研究の観点もとりいれ、胎児性水俣病患者として障害を抱えた人々の生きる姿を描いてきたドキュメンタリーの意義に関する論考を、日本メディア学会で発表する予定である。 加えて、やり残した調査などについてもできる限り実施したい。NHKアーカイブス調査で発見した1960年代の水俣病ドキュメンタリーについては、同時期の土本作品(『水俣の子は生きている』1965年)などと比較して考えてみたい。本作には、患者の苦しみを胎児性患者の子どもを用いて演出しようとした土本作品の手法と対象的に、患者児童のそのままの存在を肯定的に写し撮ろうとしている意図がみられる。本年度は、やり残した水俣や熊本地域での現地調査も行いたいと考えているが、そのなかで上記作品の制作関係者の心当たりなども探ってみたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、これまで開催できなかった研究集会などをある程度行うことができたが、コロナ禍以前に計画していたものを全て実施できたわけではないため、その分の予算残額がまだ残っている。また、本年度から別の科研費課題(基盤研究B・22H00613、前掲)も採択され平行実施しており、集会費用などをそちらで賄った分もあった。持ち越す予算は、コロナ禍以前に計画した調査旅行や聞き取り調査、成果発表などの費用として用いる計画である。
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