4年目となる2022年度は、パンデミック開始後初のドイツ出張を実現することができ、9月から10月にかけてベルリンで開催されたドイツ語圏演劇学会の国際会議に参加して意見交換を行うとともに、研究対象としている演出家・劇作家ルネ・ポレシュが総監督を務めるフォルクスビューネ・アム・ローザ・ルクセンブルクプラッツの文書庫に通い、最新作に関する資料収集を行った。 その出張で得た知見を生かして、国内では新たに1本の口頭発表を行い、2本の雑誌論文を刊行した。雑誌論文「差異によって共にあること ――ルネ・ポレシュの喜劇『コロス,ひどく道を誤る』に現れる身体的齟齬――」では、近年のポレシュ演劇に特徴的な、集団による発声およびそのコロスと対峙する個人の声の演出に見られる美学的・政治的意味を考察した。ポレシュ演劇の声において前景化するのは、個々の脆弱な身体の存在であり、その存在を知覚可能なものにすることによって、全体主義とも新自由主義的能力主義とも一線を画す集団および個人のあり方を提示していることがわかった。 また、日本ドイツ学会における口頭発表「代議制民主主義の感性的『技術』ーー クリストフ・マルターラー『ゼロ時あるいは奉仕の技術』における笑いと歌の共同体」および同学会学会誌掲載の査読つき論文「代議制民主主義の感性的『技術』ーークリストフ・マルターラー『ゼロ時あるいは奉仕の技術』における潜在的反省の集合体」では、ポレシュと同じく研究対象としているスイスの演出家クリストフ・マルターラーの代表作を取り上げた。そこでは、この舞台が代議制民主主義という政治形態のパロディとして「人民/国民」を代表するリーダー像を提示していることを示し、そのリーダー像が喜劇的・批判的に描かれつつ観客自身と重ね合わされることで、政治に対する批判的な視点を観客に提供するのみならず、観客自身の自省を促していることを明らかにした。
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