本研究は、1960年代に日本の美術界で頻出した言説「国際的同時性」の文脈を解明することで、戦後日本美術界の批評そのものの価値基準や文化的構造を明らかにする試みである。2019年度は対象となる美術言説の収集を行なった。「国際的同時性」に関連する言説資料を美術雑誌等より抽出し、各言説の批評そのものの価値基準を分析した。その一方で本研究は、1960年代の若手作家たちの一世代前に当たり、かつ国際性と民族性の議論とともに国内外で高く評価された作家・前田常作に焦点を当てることを独自性としている。そこで、主要な美術評論家によって寄稿された同時代の「前田常作」論を抽出し、前田常作の制作方法や批評の価値基準について検証した。 2019年の資料収集を踏まえ、2020年度には前田常作のご遺族の協力を得て、アトリエに残されていた1950年代末のパリ滞在時から1960年前後にかけての作品を調査した。これらは現在、未公開の状態になっており貴重な作品群である。並行して、「国際的同時性」の文脈に見られる価値基準の偏向を踏まえ、日本文化論の先行研究を分析しつつ、日本の対外文化受容の構造について研究した。以上の資料調査と考察を踏まえ、日本の戦後美術史形成過程と「日本性」について、所属する学会(表象文化論学会)の全国大会にて口頭発表を行なった。 2021年度には、これまでの調査と分析を踏まえて、日本における「国際性」の性質について理論的な考察を行なった。その際、比較資料として、同時代の抽象画家であるオノサト・トシノブの言説資料も収集し、分析した。 結果として、本研究は従来の日本の前衛史とは異なり、1960年前後の日本の抽象絵画にこそ「国際的同時性」の発端があることを示し、そのための重要な位置付けにある作家として、前田常作を再評価した。この成果は、所属する大学(京都市立芸術大学)の研究紀要に論文を投稿した。
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