研究課題/領域番号 |
19K13016
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研究機関 | 帝塚山大学 |
研究代表者 |
杉崎 貴英 帝塚山大学, 文学部, 准教授 (30460744)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 古社寺保存法 / 霊場寺院 / 国宝修理 / 久留春年 / 田能荘(田能庄) / 樫船神社 / 大山寺 / 小金銅仏 |
研究実績の概要 |
基礎的・総覧的作業として、戦前期国宝指定彫刻作例に関するデータベースの作成を開始し、地域/所蔵者ごとの入力を進めた(古社寺保存法下の明治・大正期の指定物件について基本情報の入力を完了)。この作業を通じ、前近代より地域的な霊場として知られた寺院の尊像が早くに指定されているという傾向、同一の霊場寺院に所在する、作期や出来映えを異にする十数躯が同一年月日に指定された事例の存在など、「旧国宝」特有の諸状況が把握された。これと並行し、寺院あるいは地域において、尊像に対する国宝指定がどのように受けとめられたかを考えるための諸情報(略縁起・絵葉書を含む出版物の書誌、記念碑〔国宝尊像石標と仮称〕の存在等)の収集を随時行った。 各論的作業のうち、本年度中に発表に至った主たる成果は以下の通り。(1)日本美術院第二部の創立時に「画工」として所属した久留春年(1881?~1936)に着目、生涯と事績を追跡した。その結果をふまえて、『正倉院式文様集』『古代芸術拓本稀観』を編むなど古代美術に精通した久留が、斑鳩法輪寺諸像・室生寺十一面観音像等の光背補作に従事した可能性を指摘、明治期国宝修理の所為が現代における作品認識に作用している問題に想到した(『奈良学研究』第22号)。(2)旧田能荘神宮寺(高槻市)大日如来坐像(11~12世紀)・聖観音立像(9世紀)が、同地の樫船神社棟札銘から貞応2年(1223)作と解されてきた問題を指摘し、戦後中世社会史研究の言説形成を批判的に検討、2像と棟札銘との関係を否定し新たな解釈を提示した(『文化史学』第75号)。(3)筆者が2017年に鳥取・大山寺の小金銅仏との酷似を指摘した金沢・西光寺菩薩立像に関し、不正確・不本意な報道を含むその後の諸言説に対し、明治期国宝指定以前からの大山寺像の履歴を再論するとともに理解のための留意点を提示した(『石川考古学研究会々誌』第63号)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
基礎的・総覧的作業の一つとした戦前期国宝指定彫刻作例データベースの構築は、昭和期指定分の入力、および関連情報の補充を次年度に委ねることとなった。加えて、当初予定していた明治期の臨時全国宝物取調に関する諸資料については、研究開始早々に判明した所蔵者側の状況変化により閲覧調査の実施を見送らざるをえなかった。また各論的作業にかかわる史資料調査は、成果発表に至ったものを除くと、所蔵者の都合と本務の関係から日程が擦り合わず本年度中に実施できなかった部分が少なくない。さらに年度末に関していえば、遠隔地における調査予定が新型コロナウイルス感染拡大の影響によって断念やむなきにも至った。 ただし各論的作業が本年度のうちに複数の成果発表まで至ったことは、研究開始当初の見通し以上に順調であったといってよい。このうち久留春年と明治期国宝修理における補作光背については、掲載誌納品に相前後して所属機関における公開講座で講述する機会も得られ(「室生寺の近代、ふたつの名作の誕生」)、ひとまずの社会還元をなしえたといえる。また久留春年関係資料の分析に関しては、大学院における教育活動との循環もはかることができた。 また本年度中の各論的作業として、新たに見出された南砺市白山宮所蔵の白山本迹曼荼羅に関し、その履歴と言説に関する調査研究を口頭発表(日本宗教文化史学会例会)ならびに講述(岐阜県博物館公開講座)を経て公刊(『富山史壇』第191号)をなしえたことは、仏像を主題とする内容ではないものの、本研究課題の意図する方法と実践に循環する成果となったといえ、地域還元のあり方に関しても理解の深化をはかることができた。 以上のことから、本年度における全体的な進捗状況としてはおおむね順調と判断する。
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今後の研究の推進方策 |
総覧的作業としては、戦前期国宝指定彫刻作例データベースの構築(基本情報の入力と関連情報の補充)をひきつづき推進するとともに、本年度内に存在状況について新たに感触を得た諸資料の収集(複写の入手のほか、古書店の通信販売等による購入を含む)と調査をおこなう。また各論的作業に関しては、本年度中止分を含めた調査の実施が課題となる。 ただし新型コロナウイルス感染拡大の影響の持続を鑑みれば、現地調査は次年度も当面の実施は難しく、その状況推移に計画如何も左右されるといわねばならない。 そこで各論的作業としては、(a)履歴に関する史資料あるいは言説の堆積に関して注目すべき旧国宝指定作例で、かつインターネット上の資料公開や書誌データベース、各地の公共図書館のレファレンスサービス等の援用によりある程度まで推進が期待できるケースを複数件選択し試掘的リサーチを実践すること、(b)履歴と言説に関わる把握をかねて進めていた、あるいは一旦の成果発表をなした諸作例(桜井市石位寺三尊石仏、浄土宗〔玉桂寺旧蔵〕阿弥陀如来立像、丹波市達身寺木彫仏群、鳥取大山寺小金銅仏群、砺波市常福寺阿弥陀如来立像、富山市[立山博物館]銅造帝釈天立像、高岡市総持寺千手観音坐像など)に関して、補完的な調査研究および再論を含む成果発表を推進することなど、現況の制約下でなしうる作業の実践もはかる。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由として、本年度中に実施予定であった遠隔地各所における調査を中止したこと、当初本年度に購入を計画していた高額あるいは大型の図書および機器について、研究計画の再調整ならびに設置場所の都合等により当面の購入を見送る判断に至ったことなどが挙げられる。またこれらと相関わる事情であるが、当初予定していたよりも年度内の成果発表(口頭発表ならびに成稿・公刊)のために多くの時間を割くこととなったという経緯も関係している。 次年度は戦前期国宝指定彫刻作例データベース構築の作業委託にひきつづき謝金を支出するほか、新型コロナウイルスの影響持続による資料調査の停滞が予測されることから、とくに上半期の支出に関しては、古書による購入や複写による入手を含めた資料収集に比重をかける。状況の推移次第ではあるが、現地調査等を目的とする遠隔地出張は主として下半期に実施予定としている。
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