研究課題/領域番号 |
19K13019
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研究機関 | 独立行政法人国立美術館東京国立近代美術館 |
研究代表者 |
桝田 倫広 独立行政法人国立美術館東京国立近代美術館, 企画課, 主任研究員 (70600881)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 現代美術 / 現代絵画 / 具象絵画 / 美術批評 / 多文化主義 / イギリス美術 / 近代美術 |
研究実績の概要 |
今年度は重点的な研究対象を、イギリスの画家、ピーター・ドイグとした。ピーター・ドイグは1959年にスコットランドのエジンバラで生まれた画家である。1990年初頭に実質的にデビューを果たし、以後、イギリスのみならずヨーロッパの絵画シーン、とりわけ具象絵画のシーンにおいては代表的な作家のひとりとしてみなされてきた。今年度は図書資料の収集、およびロンドン出張などの国内外の出張によって、作品研究を行い、また当時の雑誌文献などの調査を行った。さらには作家との直接的なやりとりによって、90年代のイギリスにおける具象絵画の状況と彼が評価されていった時代背景、文脈の調査を行った。そのなかで90年代のロンドンのアートシーンにおいては、絵画が時代遅れなものとしてみなされていたこと、しかしながらそのなかで敢えて絵画にこだわるドイグの姿勢が時代へのカウンターとしてみなされていたことなどが明らかになった。また彼の作品は、西欧の美術史や自身が生まれ育った国、地域であるカナダやトリニダードの歴史、美術史などを踏まえており、そこのことが彼の作品に多文化的な色彩を付与していることも分かった。一方で、80年代の具象的な表現である新表現主義とのつながりと違いをより綿密に分析する必要性を感じるようになった。また同時代の別地域にも同じような動向が現れていたことも、ロンドンという地域を相対化しつつ、多角的に検討するうえでは考慮しなければならないということも改めて気づかされた。なお、2019年度の成果として、東京国立近代美術館で開催された「ピーター・ドイグ」展において執筆したドイグについての日本で初めてと言ってよいであろうまとまった分量の論考が挙げられる。さらにテキサス大学オースチン校の美術史学教授リチャード・シフによるドイグに関する論考も翻訳(吉田侑李との共訳)し、同カタログに掲載した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
東京国立近代美術館にて開催された「ピーター・ドイグ」展の企画に携わった。その過程で彼の作品に対する理解やその時代背景について理解を深めることができた。これに加えて、科研費を取得したことで可能になった国内外の出張、資料収集などが研究をより効率的に進めることを可能にした。具体的な成果としては下記のとおりである。 ・論文「ピーター・ドイグについて想像する」 ・翻訳、リチャード・シフ「漂流」(吉田侑李との共訳) ・翻訳、「ピーター・ドイグとアンガス・クックとの対話」他3編の対談の翻訳
総合してドイグの作品、あるいは90年代の具象絵画を多角的に検証する論文、文献を日本語で提供することができた。特にドイグ作品に関して言えば、今回のカタログは国内では初めての充実した文献である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、ロンドンの具象絵画に焦点を当てたものである。しかしながら昨年度、ドイグを重点的に研究した結果、90年代から2000年代の具象絵画のリバイバルは、ロンドンという一地域のみで起こったことではなく、ヨーロッパ全体、あるいは日本を含む世界全体でほぼ同時期に生じていたことが改めて自覚させられた。殊にロンドンの現代絵画の動向において重要な展覧会としてしばしばあげられるのが、「Unbound: Possibilities in Painting」(ヘイワード・ギャラリー、1994年)だが、そこにはイギリスの作家のみならず、ヨーロッパの作家たちも数多く参加している。このことからわかる通り、ロンドンのアートシーンに限定することなく、幅広く検証しなければ、具象絵画の復活という動向の実態を捉えることは難しい。それゆえ今年度は、重点作家をベルギーの出身の画家リュック・タイマンス(Luc Tuymans)、ドイツ出身で現在はニューヨークで活動しているカイ・アルトフ(Kai Althoff)などを重点研究作家に置きながら、ヨーロッパの絵画動向も合わせて調査を続けていきたい。新型コロナウィルスの感染予防の観点から、海外出張が著しく制限される恐れがある。しかしながらもし赴くことが可能であれば、引き続き作品の閲覧、資料調査などを行っていきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度における文献の翻訳などにかかる人件費、謝金は、展覧会カタログの製作にかかるものとしてカタログ製作費として展覧会の運営費から支出されたため、科研費から支払う必要性がなくなった。今年度は適宜、文献の整理などで協力を仰ぎたいと考えている。
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