昨年度来の課題として、90年代以降のイギリスにおける非白人作家の多様な表現と、90年代以降の絵画動向に大きな影響を与えたドイツ人作家マルティン・キッペンベルガーの活動を挙げ、双方のテーマについて研究を行ってきた。一方で欧米圏の作家による日本への影響についても調べを進めてきた。今年度の成果としては、主に日本に関連するものが挙げられる。 1990年代半ば以降、欧米と同様に日本でも具象絵画を描く作家たちが注目を集めてきた。たとえば『美術手帖』(1995年7月号)では、「快楽絵画」という特集名のもと、欧米圏の具象絵画が紹介されるとともに、奈良美智の作品が表紙を飾るように、同様の傾向を示す多くの日本人作家についても取り上げられた。当時、絵画に限らず個人の物語性、日常性を重視する傾向が見られ、そうした状況に着目する展覧会として「TOKYO POP」展(平塚市美術館、1996年)、「ひそやかなラディカリズム」展(東京都現代美術館、1999年)などが挙げられるが、なかでも批評家松井みどりが企画した「マイクロポップの時代:夏への扉」展(水戸芸術館、2007年)は、その傾向に理論的骨格を与えた。松井はドゥルーズ/ガタリによる「マイナー文学」の定義に触発され、マイクロポップという概念を提起した。実はほぼ同時期に欧米の絵画の傾向を論じるにあたってラファエル・ルビンシュタインが同様に「マイナー文学」を援用し「仮設的な絵画」というエッセイを書いている。こうした観点からルビンシュタインの「仮設的絵画」と松井のマイクロポップとの比較を念頭に3つの論考を書いた。ひとつは両者の論考を比較したもの、ひとつはマイクロポップ展に参加した落合多武の絵画に関するもの、そしてもうひとつはマイクロポップには含まれていないが、形式的にルビンシュタインの「仮設的絵画」と比較しうる三瀬夏之介の作品に関するものである。
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