研究課題/領域番号 |
19K13047
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研究機関 | 松山大学 |
研究代表者 |
二瓶 真理子 松山大学, 経済学部, 准教授 (50770294)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | フェミニスト科学哲学 / フェミニスト経験主義 / フェミニストスタンドポイント / 認知的多様性 / 社会認識論 |
研究実績の概要 |
今年度は、フェミニスト認識論・科学哲学内部の代表的な2つの立場「フェミニスト経験主義」と「フェミニストスタンドポイント」について、1980年代から現在にかけての展開をおさえつつ、それぞれの立場の一般的特徴の抽出と両者の共通点・相違点の検討を中心に行った。その概要は以下の通り。 両者とも、科学的探究・科学的推論が、研究者が所持する社会的・政治的あるいは倫理的な諸価値・観点(非認知的諸価値・観点)の影響を受けることを主張し、かつ、科学者共同体内部に価値や観点の多様性が存在することを認知的に望ましいことであるとしている。しかし、両者は、「どのような多様性の在り方を求めるか」「そのような多様性がなぜ認知的にのぞましいのか」にかんして見解を異にする。 フェミニスト経験主義内部の代表的論者といえるLonginoは、科学者共同体内部の諸価値の多様性は、「諸価値の社会的マネジメント」を可能にするため、認知的に有益とする。科学者たちは、自身の偏見や価値観には気づきにくいが、他者のそれらには比較的敏感であると思われる。互いの価値観・偏見を「社会的」つまり科学者共同体レベルで検知し批判あるいは評価しあうことで、科学的知識に影響しうる認知的諸価値を適切に「マネジメント」できる。ここでの「多様性」は、共同体内部メンバー間での諸価値観や偏見の相違の数、ばらつきの大きさとして捉えられる。 フェミニストスタンドポイントにとっての「望ましい多様性」は、共同体内部にたんに他者とは異なる観点・価値観を持つ者が多く含まれていることではない。社会のなかでの支配/被支配、中心/周縁などの関係性に起因する相違のうち、支配されてきた側・排除されてきた側の観点・価値観を「認知的に特権的」なものとして重視し、被支配層の立場を自覚的に知識形成に活かそうとする動きが科学内部に存在することを目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2019‐2020年度までに設定した研究項目と、その達成度は以下の通りである。 ①スタンドポイントとフェミニスト経験主義の両者について、共通点と異なる点を比較検討する:2019‐2020年度に実施し、両者の一般的特徴と相違点の整理はある程度達成できた。その成果は研究ノートとして公開予定(現在印刷中)。なお、上の概要でも述べた多様性概念の相違は、両者が設定している科学的知識の「客観性」概念の相違にもつながっているが、この点にかんする論文公開は2020年度中には達成できなかった。②フェミニスト経験主義内部での観点の多様性にかんしての説明戦略を区分し精査する:2019年度にある程度達成できた。その一部は論文(2020年6月発行)として公開。なお、上の概要でも触れた社会的マネジメント型については、いくつかのシリアスな批判も提起されているが、これらの検討とありうる対応についての論文を準備中であるが今年度は公開までには至らなかった。③フェミニスト経験主義とフェミニストスタンドポイントとの両立アプローチを検討すること:こちらもサーヴェイは実施し研究ノート内で見通しを示すことはしたが、独立した成果としては発表できなかった。④フェミニスト経験主義における「多様性」概念を、科学者共同体内部の民主主義あるいは認識論的民主主義の議論状況のなかに位置付けて評価する:今年度は、Kitcherによる民主的な科学的探究のフレームワークの検討を行い、また彼による研究の倫理的制限の論点に対して、フェミニスト科学哲学が提起する多様性概念がポジティブな解決をもたらしうることを検討した。この一部の内容は2020年度中に口頭発表を行ったが、なお詳細な分析が必要である。 以上から、各設定項目について昨年度から今年度にかけて諸概念と論点の整理はかなり進捗したが成果公開状況が遅れていることから、「やや遅れている」とした。
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今後の研究の推進方策 |
上での進捗状況を受けて、2021年度は、以下の事柄についての成果の公開に注力したい。 (1)フェミニスト経験主義内部のLonginoによる科学者共同体の「多様性」と科学的知識の「客観性」の関係について。いくつかの批判を検討し、それらにこたえうる補強的な議論を行う。 (2)とくにスタンドポイントにおける「客観性」概念を、認知的有益性の「反転」概念(被支配層の立場にあることが、認知的に特権的・有益である)と関係づけて分析する。そのさい、被支配側の立場が、(倫理的、政治的、社会的にではなく)「認知的」に有益であることが、どのように/そもそも正当化可能であるかを批判的に検討する。 (3)フェミニスト経験主義とスタンドポイントの両立の可能性について。一部の論者が、「フェミニストスタンドポイント経験主義」を提起する(たとえばIntemann)など、両者のアプローチは近年接近傾向にもある。たしかに、フェミニスト経験主義の中にはスタンドポイント側の認知的特権性概を受容可能な路線もあり、折衷により多くの科学研究事例を説明可能なモデルが提供可能かもしれない。ただし、先に触れた「反転」概念は、両立を難しくする要素であるとも考えられる。(2)の作業と連動しつつ、折衷的立場の可能性について検討する。 (4)引き続き、KitcherやKouranyらの民主的な科学的探究フレームワークについての議論をふまえて、フェミニスト科学哲学における「多様性」概念を、科学者共同体内部の民主主義あるいは認知的民主主義の議論状況のなかに位置付けて評価する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度の当初計画では、成果発表にかんする国内学会参加と情報収集調査を2-4件程度実施予定であった。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年度に参加予定学会がすべてオンライン開催になったこと、感染拡大地域への移動を伴う調査等が困難であったことで、旅費使用ができなかった。2021年度に購入を予定していた書籍を前倒しで購入するなどで調整をはかったものの10万円ほどが未使用となった。 前年度未使用分については、2021年度の成果発表の機会を増加させ、成果発表のための研究会・学会参加のさいの旅費にあてる予定である。しかし、2021年度も新型コロナウイルスの影響により県外・国外への移動が困難である状況が継続することも考えられる。その場合には、成果発表の形態を、口頭発表よりも、雑誌投稿や成果報告書冊子等の媒体中心に切り替え、未使用分を雑誌投稿のさいの英文校正費用、冊子の作成のための費用として使用することを考えている。
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