2021年度も引き続きフェミニスト科学哲学内部の2つの立場であるフェミニスト経験主義とフェミニストスタンドポイントを中心に文献研究を行った。 今年度はとくに、それらにおける多様性の概念と、多様性がもたらす認知的利益の在り方について、両者の重なりと相違を明確化しつつ整理することを目指した。そのさいに、科学哲学一般でなされている「多様性」の議論や、その他の学領域で使用されている「多様性」概念(たとえば、グループの多様性、生物多様性、人口の多様性など)を参照し、さまざまな「多様性」の概念タイプを区分したうえで、フェミニスト経験主義とフェミニストスタンドポイントがそれぞれ支持している「多様性」概念がどれにあたるのか、どれに近いのかを検討した。 その結果、両者はともに知識共同体における多様性を重視しているものの、異なる多様性概念を指示している可能性があること、つまり、共同体が「多様である」と評価される状態がどのようなものであるかにかんしては異なる見解を主張している可能性があることが明らかになった。フェミニスト経験主義は(基本的には)「平等主義的多様性」、フェミニストスタンドポイントは「規範的多様性」に依拠していると思われる。この点は、フェミニスト科学哲学者当人たちによっては、これまであまり明確に概念化されていなかった。だが、かれらそれぞれが依拠する多様性の形を概念化しておくことは、かれらの主張の経験的妥当性を今後評価していくさいには有益な視点となりうる。これらの検討の内容は、論文「科学における多様性に関するフェミニスト科学哲学の主張:平等主義的多様性と規範的多様性」(『モラリア』28巻掲載)として2021年度に公開した。
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