本研究は、遍昭独自の和歌表現が当時の歌壇やサロンにおいていかに享受されたのかを明らかにすることを試みるものとして、2019年度から研究を開始した。当初は遍昭が歌人として歌を詠んだ時代に限定して調査を開始したものの、特定の場や人物に限定をして和歌表現の生成と発展を見ることが困難であることがわかった。そこで、2020年度途中から調査の範囲を広げ、遍昭だけでなく、周辺の歌人が複合動詞表現(動詞連用形+動詞の形態をもつ表現)をいかに享受していたのかを解明するというものに一部を変更している。 2021年度は、前年度に実施した複合動詞表現の抽出・分類作業と語誌調査に基づき分析をおこなった。2021年度の実績の第一に、『古今集』に「こきいる」「こきまず」「こきたる」といった「こく」を第一項に取る複合動詞表現が多用されていることに着目し、これらがどのように和歌に取り入れられているのかを分析したことがある。それにより、特に「こきまず」は延喜年間に和歌表現としての流行があり、その後「本意」を持つ歌語として成立し定着をしたことが明らかとなった。実績の第二としては、六歌仙歌人の複合動詞表現を比較すると、歌人毎に特徴があることを見出したことがある。遍昭はいわゆるVV型(前項・後項ともに本来の意味を失っていないもの)が多く、小町・業平はいわゆるVs型(後項が補助動詞化しつつあるもの)が多いという特徴がある。これにより、歌人たちは複合動詞表現を意図的に選択して用いていることが明らかとなった。よって、和歌に複合動詞表現を用いる事は、歌人にとって文学的営為の一つであることが明らかとなった。 本研究では、歌人毎に複合動詞表現の用い方の傾向が異なるのはなぜか、という問いの答えは出ていない。今後は、日本語学分野における複合動詞研究の成果を取り入れつつ、和歌における複合動詞表現の位置づけを論じたいと考えている。
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