2021年度に実施した研究成果について概要を記す。具体的内容としては、内田不知庵の『文学一斑』について、(1)本文中の俳諧言説とその典拠の特定、(2)「叙情詩」と俳諧がどのように結びつくのかについて主に取り組んだ。研究対象の『文学一斑』(博文館、明治25年3月)は、文芸批評家内田不知庵が著した文学の概論書であり、文学とは何か論じ、それらを「叙事詩」、「叙情詩」、「戯曲(一名、世相詩(ドラマ)」という分類によって捉えたものである。本書の「叙情詩」の章では「和歌」とともに「俳諧」が取り上げられ、詳細な俳諧論が記されている。この「俳諧」に関する記述は「叙情詩」の説明にとどまらず、不知庵の体系的な俳諧論として捉えることが可能であり、明治22年から断片的に表明してきた俳諧論を整理した記述になっている点で重要である。ところが従来の明治期俳諧研究では不知庵のこの記述について注目することがなかった。本研究ではその重要性を指摘しながら俳諧を美学的観点から捉えたものとして新たに位置づけた。なお本発表の成果は「内田不知庵『文学一斑』における俳諧―明治25年、俳諧はどのように文学論に位置づけられたか―」という表題の論文として『文芸学研究』第25号に掲載される。 「研究実施計画」では上記の不知庵の俳諧観を、明治の俳諧史における正岡子規の登場とその俳論と結びつけることを計画していた。しかし上記の研究過程で『文学一斑』の刊行時は、饗庭篁村をはじめとする俳諧に関する言説がすでに表われ、まずは同時代言説との比較が前提として踏まえられるべきであることに気づいた。安易に正岡子規と結びつけて結論を急ぐことは避けた方がよいと判断し、上記の段階で研究に区切りを付けたが、不知庵の俳諧観の先駆性と重要性についてはその意義を指摘することができたと認識している。
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