本研究は「混成本文の時代」とされた室町時代にあって藤原定家の青表紙本を「当流の本」として再び本文史上に位置づけ、室町後期および江戸期における本文史に甚大な影響を及ぼした三條西家の源氏物語本文について、新出資料紅梅文庫旧蔵本(以下、紅梅本と略)を中心に分析し、考察したものである。 紅梅本は三条西実隆が全冊一人で書写し20年以上の長きにわたって愛用してきたところの実隆最初の手沢本〈文明本〉(散逸)を祖本とし、その〈文明本〉を忠実に転写した伏見宮家本(散逸)を底本とする。同本の出現によって、従来、現存する最も早い実隆の源氏物語写本とされてきた宮内庁書陵部蔵三条西家証本が実は実隆協力本にすぎず、三條西家における源氏物語本文史は、紅梅本と、最後の手沢本であるところの日本大学蔵三条西家証本(以下、日大本と略)に拠るべきこと。更に紅梅本は藤原定家の〈六半本〉に近接していたことから、三條西家では大島本に代表されるような定家の〈四半本〉ではなく〈六半本〉の方を青表紙正本と認識していた可能性のあること等が明らかになった。 また〈文明本〉を転写する際、伏見宮家では紅梅本以外に熊本大学本(新納忠元識語本)を作成していたことも判明した。しかもこの両本には同一書写者が関わっており、両本の本行本文は殆ど同一である。但し紅梅本に若干みえる後代書入が熊大本には無く、そのため両本に共通する鈎点・句点・傍書等は祖本であった〈文明本〉由来のものと認められるようである。更に共同研究者によるNgram統計調査の結果、日大本のなかには紅梅本が大きく影を落としていることも判明。共同研究者ら各自の切り口による室町期源氏物語諸本文の分析なども行ってそれらを一冊の報告書にまとめ、紅梅本の全画像ともどもインターネットで公開した。URL:画像検索 | 紅梅文庫旧蔵源氏物語 (genji-koubai.jp)
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