『漱石の思い出』増補版に松岡譲によって付された漱石年譜について、各種『漱石全集』にどのように引き継がれたかを調査し、徴兵忌避についての記述が踏襲され、戦後の荒正人による年表の整備が丸谷才一「徴兵忌避者としての夏目漱石」や大岡昇平「漱石と国家意識」などにいたる漱石論に与えた影響を跡付けた。これにより、実証的研究と文芸評論とがフィクションをめぐる真剣な行為という同じ土台に立っていることを明らかにし、共著書『小説のフィクショナリティ』に発表した。また、夏目漱石自筆書き入れ入り『文学評論』(春陽堂1909)校正刷りを購入し、従来詳しい調査が難しかった明治期の活版印刷の校正過程について具体的に検討できる環境が整った。今年度は日本近代文学館が所蔵する他の漱石出版物の校正刷りとの比較を行い、校正担当者の割り出しを行ったほか、『文学評論』の校正時期を特定した。同書のもととなる講義の受講ノートと照らし合わせ、注釈を付した。研究期間全体を通じて、岩波書店の決定版『漱石全集』の編纂過程の資料を撮影し、翻刻・注釈を付し、データベース化することが完了した。これにより全集編纂にかかわって漱石関係資料がどのように岩波に提供され、資料が選別され、本文が決定していったのかを具体的に追うことができるようになった。今後の展望として、森田草平や小宮豊隆ら関係者の全集編纂に関する書簡を翻刻しデータベース化することで、全集編纂の動向を複数の視点から描き出していくことが望まれる。
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