最終年度である2022年度は、主に交付申請書記載の【課題B】【課題D】に関して以下の研究成果を得た。 ・『更級日記』の現存写本にみられる、御物本(藤原定家筆)に由来する巻末勘物の本文異同に着目し、御物本の直接の写しである住吉本を除き、現存写本すべてが一次共通祖本に遡ることを推定した。また、その後の二次共通祖本、および系統分岐点となるX本・Y本までが、鎌倉期書写と推定される小汀本の成立以前に考えられることから、『更級日記』の本文変容が従来言われる近世期の所為ではなく、鎌倉期に発生した結果の継承であることを明らかにした。 ・九州大学附属図書館の所蔵する音無本『更級日記』の本文について分析し、本居大平の文化10年(1813)校合本とされる同伝本が、書写年次未詳の古本関係伝本である茨城本を直接参照していることを明らかにした。茨城本は黒川本とともに橘千蔭による天明元年(1781)の校合本から派生した親本を持つことから、両伝本の成立は以降30年の間となり、その間の古本『更級日記』の国学者への流布が跡づけられた。 ・近世後期の国学者である横山由清の平安仮名日記に関する書写活動に着目し、書写に際する周辺人物蔵書の借覧・入手経路についての考察を行った。その結果、活動の背後には師である井上文雄の介在が想定され、文雄と交流のあった岸本由豆流との面識を経て、その子・由豆伎と由清が交流していたことが分かった。また由豆流と同じ村田春海門である清水浜臣を経て、文雄が橘守部とも面識を得ていたことから、その守部に師事した日下田足穂との関係により、由清の書写活動が行われたことを推定した。 ・前年度に行った『和泉式部日記』の「情けなからず」表現の分析結果を基に論文を成稿し、『日本文学研究ジャーナル』第22号(2022年6月)に公表した。
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