本研究では、〈判官物〉に分類される語り物(幸若舞曲、説経、古浄瑠璃)の作品について、次の四つの段階で研究を推進してきた。 (1)国内外の〈判官物〉作品の調査、書誌・画像データの収集/(2)語り物の〈判官物〉の上演記録の調査/(3)語り物の〈判官物〉テキストの比較検討 /(4)〈判官物〉絵画の比較検討 (1)の段階では、常盤御前と高僧の仏法問答を主題とする幸若舞曲『常盤問答』の悉皆調査に取り組み、関連する文芸作品の整理と分析を行った。特に注目した書物群は、主に西日本に流布し、従来知られてきた幸若舞曲の伝本と異なる内容をもつ異本系統の『常盤問答』写本8点である。当該研究では、これら8点の書誌調査をふまえ諸本を分類し、個々の伝本の内容を41の構成要素に分け分析を行った。 その結果、異本系統の『常盤問答』の本文には、中世社会に流布した『血盆経』や、『伊勢物語』注釈書、中世神道書に記される女性の穢れと救済、男女の営みと人間の誕生といった生殖に関する記述との関連が認められることがわかり、これら異本系統が、女性の存在意義を正当化するために制作され、中近世社会に流布していたことが明らかになってきた。上記の研究結果は、本研究の主要な成果物である『中近世語り物文芸の研究―信仰・絵画・地域伝承―』(三弥井書店、2023年2月刊行)に、第一部第三章「異本『常盤問答』考」として収録したが、書籍の刊行後、新たに2点の資料が見つかっている。最終年度において、すべての書誌調査を終えることはできなかったため、今後は、これらの新出伝本を調査した上で、異本系統の『常盤問答』の本文の元になった思想や文献との関連の解明に、引き続き取り組みたい。
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