研究課題/領域番号 |
19K13087
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
上原 究一 東京大学, 東洋文化研究所, 准教授 (30757802)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中国文学 / 書誌学 / 官刻・家刻・坊刻 / 覆刻・翻刻 / 書坊 |
研究実績の概要 |
本研究は、明末清初の出版における官刻・家刻・坊刻それぞれの実態を把握し、それらが互いにどのように絡みあっていたのかを解明することを目指すものである。 当該年度には、多くの明末清初刊本を含む大量の古籍善本の影印画像を収録し、かつその全文のテキスト検索が可能なデータベースソフト『続修四庫全書電子版』上・下集を購入して利用したほか、中国国家図書館・北京大学図書館への出張調査も行って、以下の研究成果を得た。 『東方学』第138輯に掲載された「平成二十九年度東京古典会古典籍展観大入札会出品の章回小説稀覯本三種について」では、平成29年に東京で開かれた入札形式の古書販売会に、明末清初の坊刻本の中でも売れ筋であった章回小説の稀覯本が3種も出品され、それらが研究代表者を含む研究者個人によって購入された経緯と、それぞれの書誌事項を紹介した。更に、10月に中国・北京で開催された中国古代小説国際研討会における中国語口頭発表「阿英旧藏熊雲濱覆世德堂刊本《西游記》的再発見」では、上記3種のうち1種である『新刻出像官板大字西遊記』残本についてより詳細な研究成果を示した。この版本は書名に「官板」と謳いながら実態は明らかに官刻ではなく坊刻であるという点や、南京で出版された坊刻本が建陽で覆刻されたという点など本研究において注目すべき要素が多いものだが、建陽での覆刻された版木は補修を重ねながら相当な長期間使われ続けていたことが出品本の出現によって新たに判明した。 また、当該年度にはアウトリーチ活動にも力を入れ、2件の展覧会に関わって図録の分担執筆を手掛け、うち1件では公開講座も担当した。また、一般向けの商業誌に発表した「黄蓋の武器と生死に見る『三国志演義』の形成・発展史」では、本研究のような出版文化に着目した研究の成果が、どのような形で作品研究に落とし込まれていくのかの一例を分かりやすく示したつもりである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
官刻・家刻・坊刻の個々の性格を把握するための一途として「官板」を銘打った坊刻本についての研究成果を公開することが出来たのは順調な点である。また、予定通り年度開始早々に購入したデータベースソフト『続修四庫全書電子版』上・下集を活用しながら、坊刻本のみならず官刻本や家刻本についても予備的な調査を行い、出張調査を行うべき資料の絞り込みを進めることが出来た。そのうち中国国家図書館と北京大学図書館には既に出張して調査を行い、いずれも時間の関係で調査しきれなかった資料も残ってはいるものの、一定の成果を得ることが出来た。 このように当該年度内においては「概ね順調に進展」したと言っても良いような状態であったものの、当該年度末からの新型コロナウイルスの流行により、当該年度内に追加で行うことを検討していた国内での出張調査が不可能となってしまい、本報告書を作成している現時点においても、調査が可能になる時期の目途は立っていない。それどころか、居住地近郊の機関や勤務先の所蔵資料でさえも調査が行えない状況が、2020年3月以来ずっと続いている。本研究は2020年度が最終年度となっているため、現時点では既に遅れが生じてきていると言わざるを得ない。新型コロナウイスるの流行に関わる今後の社会情勢によっては更なる遅れが生じてしまう可能性も大いに考えられるが、ひとまず現時点では総合的に見て「やや遅れている」と判定することとした。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる2020年度には、これまでに得られた予備的な調査の成果を元に絞り込んだ調査対象資料を所蔵する国内外の機関での調査を年度の前半に行って資料収集を進めた上で、官刻・家刻・坊刻の境界線上にあるような事例の校証を深めて論文にまとめるのが本来の計画であった。 しかし、新型コロナウイルスの流行によって、遠方に出張しての資料調査はおろか、居住地近郊の機関や勤務先の所蔵資料でさえも全く調査が行えない状況が続いている。そのため、調査候補の資料を所蔵する諸機関においてそれらの閲覧が可能になり、かつそこに安全な形で出張出来るような状況にならない限り、計画通りの研究遂行は到底望めない。このまま夏休みになってもこの状況に大きな改善が見られないようであれば、これまでに絞りんだ調査対象資料を大幅に変更して、調査可能な機関の所蔵資料や、影印本やデータベースソフトの購入によって基礎的な調査であれば済ませられるような資料を優先的に調査することとし、その限られた範囲で得られた知見だけを論文にまとめるようにせざるを得ないと考えている。なお、その場合には、出張費や出張先での資料複写費として計上していた予算の大部分を、書籍(影印本)やデータベースソフトなどを購入する物品費に振り替えることになる。当初の計画通りの全面的な成果は得られなくなってしまうかもしれないが、明末清初の出版における官刻・家刻・坊刻それぞれの実態を把握するという本研究の趣旨を、たとえ部分的にでもかなえられるような形を模索したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度は出張先での資料複写費として「その他」の費目に10万円を計上していたが、当該年度内の出張先での調査対象資料は許可される複写の範囲がごく少量に制限されていたり、逆に白黒ながら画像がウェブ上で全点公開されていたりしたため、大量の複写を行う機会がなかった。年度末に改めて国内での出張調査を行ってその分を支出することも検討していたが、新型コロナウイルスの流行によってそれは不可能となったため、「その他」に計上していた分がまるまる次年度使用額として残る形になった。これは改めて次年度の出張費や出張先での複写費に充当するつもりであるが、新型コロナウイルスの流行に伴う社会情勢によって2020年度内に出張調査を行うことが難しくなりそうな場合には、出張はせずに所蔵機関から複写だけを取り寄せたり、それも難しい場合には使途を物品費(書籍購入またはデータベースソフト購入)に切り替えたりすることも検討する。
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