本研究は、明末清初の出版における官刻・家刻・坊刻それぞれの実態を把握し、それらが互いにどのように絡みあっていたのかを解明することを目指す計画であった。初年度に購入した大型データベースによる検索機能の活用に加えて、データベースに収録されない当時の出版物を多く所蔵する国内各地や海外の図書館への出張調査を複数回行うことが必須であったが、2020年2月以降は新型コロナウイルスの流行によって海外への出張調査が不可能な状況が続いた。そこで、計画の大幅な見直しを行い、購入したデータベースや書籍を活用しつつ、出張なしで可能な範囲で研究を進めることにした。 既に手元に比較的多くの資料を収集していた坊刻に絞って研究を進め、2021年度までには、長く所在不明となっていた阿英旧蔵の熊雲濱覆世德堂刊本『西遊記』や、明末の杭州の書坊容與堂の活動に関して研究発表を行ったほか、過去の日本語論文を中国語訳して海外に成果を発信することにも努めた。 2021年度の後半になって、それまで存在自体が全く知られていなかった春秋時代の伍子胥を主人公とする明末の通俗小説刊本『新刻彙正十八國闘寳傳』が古書市場に現れ、それを本科学研究費補助金とは別の研究経費によって購入することが出来た。そこで、2022年度には主としてその小説の性格や中国通俗小説史における位置づけの解明を目指しつつ、通俗小説というコンテンツが当時の坊刻(商業出版)においてどのように扱われていたのかという視点からの検討も行うことによって、「明末清初の出版業界の実態を把握する」という本研究計画の目的の一部を少しでも果たせるようにと考えた。2022年度には、同書に関して得られた知見について、国際学会での口頭発表と、国内でのオンライン公開講座とを1回ずつ実施した。更に、年度内には完成しなかったが、この小説の全文の翻刻と研究論文をそれぞれ発表する準備を進めている。
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