研究課題/領域番号 |
19K13089
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研究機関 | 神奈川大学 |
研究代表者 |
松浦 智子 神奈川大学, 外国語学部, 准教授 (40648408)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 中国近世通俗文芸 / 明内府彩絵鈔本 / 視覚文化 / 宦官 / 絵図本 / 岳飛 / 楊家将 / 識字層 |
研究実績の概要 |
本研究は、これまで系統的な検証が未着手状態にあった、〔明内府〕制の①彩絵『出像楊文広征蛮伝』、②彩絵『大宋中興通俗演義』、③彩絵『全像金字西遊記』、④彩絵『春秋五覇七雄通俗列国志伝』という彩絵形式の通俗文芸が形成・受容された過程・背景を、視覚文化と宮中の動きに着目して検証するものである。 19年度はまず、北宋の楊家将を語る①と南宋の岳飛を描く②という「宋代もの」通俗彩絵本が明宮中で制作・受容された経緯・背景を検証した。結果、①②は明後期に存在した宋代尊重の気風を背景としながら坊刻本をもとに宮中で制作されたこと、①②の制作に絵本文芸を利用し自己宣伝を図る宦官らが関与していたこと、①②が宮中の女性や子供、宦官など中下級の識字者に受容されていたこと、等の新知見を析出した。本成果は論文「明代内府で受容された宋の武人の絵物語―とくに岳飛の物語から―」として結実した。 また夏には、上記成果の一部を発展させ、岳飛文芸が日本でいかに受容され展開していったのか、その過程と様相を江戸初期から昭和初期まで時系列に考察した。そのうち、②が基づいた坊刻本『大宋中興通俗演義』及び同付録『精忠録』の絵図が、日本での岳飛文芸の展開・普及に関与していたとの新知見を得ることができた。本成果は19年8月末に北京大学で開催された「中国古典文学在東亜伝播与接受」にて「関于岳飛“文芸”在日本的演変之初歩調査」として口頭発表した。 そして19年度末には、通俗彩絵本の出現の意味や背景を明後期宮中の絵図本文化という総体的な視点から考察するべく、宮中の貴妃、太子らに受容された『閨範図説』『養正図解』『人鏡陽秋』等の絵図本の版本やこれら絵図本の宮中政治との繋がりを調査・分析した。ただし、当該調査の途中でコロナ禍の状況が悪化し、大陸、日本各地の図書館が閉鎖されることとなった。そのため、予定していた調査は一部未履行の状態にある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度にあたる19年度には、検証対象とする四つの通俗彩絵本のうち①彩絵『出像楊文広征蛮伝』、②彩絵『大宋中興通俗演義』についての分析を、周辺の彩絵本、詩文集、戯劇資料を調査・活用することで、一定以上進めることができた。 また、その成果の一部を発展させ、日本における岳飛文芸の受容・展開の様相を考察した際には、日本という異域で中国文芸が普及・展開する際に、視覚文化たる絵図が少なからぬ役割を果たしていたことも指摘することができた。 さらに年度末には、明後期の宮中における絵図本文化を俯瞰的に考察するべく、蓬左文庫他の書籍所蔵機関へ赴き、『閨範図説』ほか絵図本の諸版本の調査をおこなった。これにより、明宮中における彩絵通俗本の制作・受容の経緯や意味の一端が析出されることが見込まれる。 ただし、年度末には当初、北京大学図書館および東北大学図書館に赴き③彩絵『全像金字西遊記』のA本B本の実見調査も行う予定であったが、コロナ禍の状況が一挙に悪化し、海外渡航や国内移動にも制限がかかり、且つ各地の図書館、文庫が並べて閉鎖されてしまったため、これを実施することができなかった。また同様の理由で、上記年度末の絵図本文化の調査も、予定していたもののうち複数のものが未履行の状態となっている。そのため、19年度末までの調査はおおむね順調に進んでいたが、今後の研究進捗になにがしかの障害がでることが懸念される。
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今後の研究の推進方策 |
現在、コロナ禍の影響で海外渡航や国内移動が制限され、また国内外の各図書館や文庫など書籍所蔵機関が閉鎖されている。本研究は鈔本や各版本の書誌調査を一つの大きな検証手法とするため、コロナ禍の終息時期如何によって、その進捗になにがしかの遅延や障害が起こることが予想される。 一方、このような現状に対応するためには、①電子媒体の今まで以上の積極的な活用、②影印本その他の資料・書籍の積極的な購入、などが必須となると思しい。このうち①については、凱希メディアその他書店が販売する検索ソフトを必要に応じて購入する、電子ジャーナルを活用する、早稲田大学に設置される大型データベースを換気環境に留意しながら使用する、などの具体的な方策が想定される。また②については、近年大陸で陸続と刊行されている影印本や諸書籍の情報を丹念に拾いあげつつ、それらの資料を購入して分析に用いていくことが有用だと考えられる。実際、20年度頭には『御世仁風』『瑞世良英』ほか明宮中絵図本文化と密接に関わる書籍の影印本を複数購入し、明後期宮中の絵図本文化の俯瞰的角度からの検証を進めている。 また、コロナ禍の状況が落ち着きを見せ、渡航や移動の制限が緩和されれば、北京大学図書館や東北大学図書館に赴き、③彩絵『全像金字西遊記』のA本B本の実見調査を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
「現在までの進捗状況」で述べたように、19年度末には当初、北京大学図書館および東北大学図書館に赴き③彩絵『全像金字西遊記』のA本B本の実見調査も行う予定であった。だが、コロナ禍の状況悪化にともない、両図書館の閉鎖、中国大陸への渡航制限、国内移動の制限などの事象が生じたため、両者の調査を断念せざるをえなくなった。そのため、差額の241184円が生じてしまった。 19年度に生じたこの差額分を20年度にいかに使用するかは、コロナ禍の今後の状況推移如何によって計画に次のような変更が生じると考える。(1)コロナ禍の状況が改善し渡航・移動制限が緩和され図書館等が再開した場合には、19年度末に行う予定であった上述の③彩絵『全像金字西遊記』のA本B本の実見調査に19年度差額分をあてる。(2)コロナ禍の状況が改善されないまま渡航・移動制限および図書館等の閉鎖が継続された場合には、デジタル検索ソフトの購入や、影印本その他資料の購入に19年度差額分をあてていく。
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