研究課題/領域番号 |
19K13097
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
桐山 大介 茨城大学, 人文社会科学部, 講師 (60821551)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ウィリアム・フォークナー / ラルフ・エリスン / モダニズム / 人種 / 物語構造 / アメリカ文学 / マイグレーション |
研究実績の概要 |
本研究は、ウィリアム・フォークナーとラルフ・エリスンの小説に共通する「放浪する黒人男性」をめぐる物語構造に着目し、両作家の影響関係とともに、彼らがその物語構造を通じて社会的人種言説と個人的感情の交錯を描きながら人種および歴史の概念の構築と解体に従事していたことを明らかにすることを目的とする。 2019年度は主に以下の3点に注力した。 ①人種言説、とりわけ「白人性」に関する文献の調査。19世紀から20世紀にかけてのアメリカにおける「白人」概念の構成要件、ならびにその動揺と変遷を、境界例としての「人種パッシング」についての研究も参照しながら整理した。また南部から北部への大規模な人口移動(マイグレーション)にともなう人種関係の変化にも着目した。これらにより、本研究の前提・基礎となる理論を固めることができた。 ②上記文献調査から得られた視座を基にしたフォークナーの中期作品研究。フォークナーは作品内で「白人性」がどのように構築されるかを探究するだけでなく、黒人たちがその人種概念を内面化することで生じる歪みを描き出している。フォークナー作品に現れる物語構造はその歪みを顕在化させるものであり、人種概念の矛盾や構造的欠陥を暴き出す、ということを検証した。論文の発表は2020年度になる予定である。 ③アメリカ議会図書館におけるラルフ・エリスンの初期作品草稿調査。これまでほとんど注目されてこなかった初期未発表長篇草稿において、エリスンはマイグレーションを物語の枠組みとして採用しようとしている。またそれは長篇第1作『見えない人間』の初期草稿にも見られる傾向である。しかし完成版ではフォークナー的な物語構造が前面に出されている。これらはエリスンが当時の社会情勢に敏感でありながらも意識的にそこから距離を取って人種概念の根本を問い直していった過程を示しており、この発見は本研究にとって大きな成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ウィリアム・フォークナーの中期作品研究をまとめた論文を2019年度に発表する計画であったが、2020年度になる予定である。本研究以前は主に「黒人」概念に着目して人種概念を検討してきたが、2019年度には「白人性」を新たな軸として19世紀から20世紀の南部・北部における人種概念およびマイグレーションを通じたその変化について調査を進めた。この作業に予想以上の時間を取られ、論文の発表が遅れることになった。 また2019年度アメリカ比較文学会年次大会において口頭発表を行う計画であったが、テーマに合うパネルがなかったため断念した。またその募集時期が10月であったため、そこから別の発表機会を得ることは困難であった。2019年度はアメリカ比較文学会年次大会自体が新型コロナウィルスの影響で中止となったこともあり、2020年度は別の学会も視野に入れて発表機会を検討する。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は、前年度に予定しており既に準備済みであるウィリアム・フォークナー中期作品に関する論文の発表と、学会におけるラルフ・エリスンについての口頭発表を遂行する。また文献調査とアメリカ議会図書館におけるラルフ・エリスンの初期草稿調査および口頭発表を基に、『見えない人間』を中心とするエリスン初期作品における物語構造と人種概念の関わりを、特に改稿の過程に着目して究明し、論文にまとめて発表する。 2021年3月にはアメリカ議会図書館でのエリスンの草稿調査を再度行う。中心となる対象は未完の第2長篇の草稿である。2020年3月に実施した調査は新型コロナウィルスの影響により中断され、初期の短篇作品の一部については草稿調査が行えなかったため、次回の調査では短篇の草稿調査も継続する。 ただし、新型コロナウィルスをめぐる情勢次第では、2021年3月時点においても現地での調査が実施不可能な状況も予想される。現時点(2020年5月)では複写サービスも一部を除いて中止されているが、再開された折にはコピーの取り寄せで対応したい。またそれも困難な場合には研究計画を一部変更せざるを得ないが、その際は出版されている第2長篇草稿集に基づいて研究を進めるとともに、2019年度の研究において重要性が確認できた「マイグレーション」のテーマを拡大し、エリスン作品とマイグレーションを直接的に描いた同時代の作品とを比較することでエリスンの特異性を際立たせ、本研究を補完したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年3月2日から、3月21日までの予定でアメリカ合衆国ワシントンDCにあるアメリカ議会図書館で調査を行っていたが、新型コロナウィルスの流行を受けワシントンDCおよびアメリカ合衆国によって非常事態宣言が発令されたため、滞在を中止して3月15日に帰国した。旅程の変更にともない航空券や保険料の一部返金手続きを行ったが、年度内に返金が完了せず2020年度に持ち越されることになった。そのため、2019年度支出には当該調査出張経費が計上されておらず、次年度使用額はこの出張経費に充てられる。
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