研究課題/領域番号 |
19K13097
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
桐山 大介 茨城大学, 人文社会科学部, 講師 (60821551)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ラルフ・エリスン / ウィリアム・フォークナー / アメリカ南部 / モダニズム / アフリカン・アメリカン文学 / 人種問題 / 歴史意識 |
研究実績の概要 |
2020年度は、2020年3月に行ったアメリカ議会図書館におけるラルフ・エリスンの草稿調査を基に、エリスン研究を大きく進めることができた。エリスンの第一長編『見えない人間』の改稿過程を精査することで、本研究のテーマである「放浪」の根幹に、「故郷の抑圧」という事態があることが見いだされた。『見えない人間』において南部性の希薄さが指摘されることはあったが、エリスンと南部の関係が正面から議論されることはほとんどなかった。しかし草稿は執筆の過程でエリスンが主人公の故郷である南部に関する言及を意図的に減らしたことを示唆しており、この事実は批判と称賛の二極の評価に分かれがちなエリスンの美学および政治的立場に新たな光を投げかける。この研究の成果をまとめた論文は『フォークナー』誌第23号(2021年4月)に掲載された。 この論文ではまた、エリスン自身の故郷オクラホマ・シティにまつわる抑圧についても論じている。エリスンの講演等におけるオクラホマの美化についてはこれまでも議論されてきたが、小説の中に現れる(あるいは現れない)オクラホマについては十分な分析が与えられていない。未完の第二長編においては南部とともにオクラホマ・シティが放浪の舞台になっており、今後の研究ではこの第二長編における放浪と故郷との関係の問い直しが焦点となる。 2020年度にはまた、上記の発見を基に、フォークナーとエリスンの比較研究も進めた。フォークナーとエリスンは類似するモチーフを用いて既存の枠組みを打ち壊す新たな人種や歴史の捉え方を追究しているが、エリスンは「故郷の抑圧」によってフォークナーとは異なる、より望ましい方法でそれを提示することが可能になる。同時にそれはエリスンの美学に矛盾を生じさせることにもなる。この研究を基にアメリカ比較分学会年次大会(2021年4月)にて口頭発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度はアメリカ議会図書館においてラルフ・エリスンの第二長編の草稿を調査する予定だったが、新型コロナウィルスの影響で現地での調査を行うことができなかった。スキャン・サービスは再開されているので、草稿のスキャンデータを入手しようとしているが、メールのやり取りに時間がかかったうえ、草稿の量が膨大なこともあってスキャンを一度は断られた。現在は再交渉中であるが、草稿全体を一度に入手することは難しい状況であり、スキャンが許可されたとしても調査の完遂までには時間がかかると思われる。ひとまずこれまでの調査成果を基に研究を進めてきたが、本研究にとって草稿調査は不可欠なので、今後の研究の遅れが見込まれる。
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今後の研究の推進方策 |
今後はまずラルフ・エリスンの第二長編研究の完成が目指される。アメリカ議会図書館における草稿調査は、新型コロナウィルスの影響で遅れが生じている。2020年3月以来図書館は閉館中であり、現地調査は行えない。スキャン・サービスは再開されているが、草稿の量が膨大なこともあり、現状では交渉が難航しており、2021年度中にすべての草稿を調査することは困難だと思われる。したがって、当面は出版されている草稿を中心に分析を進めていくことになる。それにあたっては、2020年度の研究において見いだされた「故郷の抑圧」というテーマに力点を置き、エリスンの地政学的想像力と物語構造、および人種・歴史意識の関わりを探究していく。20世紀を通じて数多く書かれた「マイグレーション小説」の文脈からも考察されることになるだろう。 またこの研究から得られた成果を基にフォークナーとの比較研究が進められる。とりわけ注目されるのは、放浪する黒人男性登場人物とホーム(家/故郷)との関係性である。エリスンの『見えない人間』から第二長編の草稿までのその関係性の変遷は、エリスンがフォークナーの物語構造が示す限界を超えようと苦闘した軌跡であるとともに、エリスン自身の故郷に対するアンビヴァレンスのあらわれでもある。こうした点を究明することで、フォークナーとエリスンの近さ/遠さを正確に測りつつ、称賛されるにせよ批判されるにせよ極端な評価を与えられる傾向にあるエリスンの美学や政治的立場に修正を加えることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度にはラルフ・エリスンの草稿調査を目的としてアメリカ議会図書館への調査旅行を計画していたが、新型コロナウィルスの影響で2020年3月以来、議会図書館が閉館中であり、調査旅行を実施できなかった。議会図書館のスキャン・サービスは再開されたので、調査旅行にあてていた予算を用いて草稿のスキャン・データを取り寄せることにした。しかし先方からのメール返信が数か月単位で来ないことがあったうえ、最終的には草稿の量が膨大なこともあってリクエストが却下された。したがって次年度使用額が生じることになった。 リクエストが却下されたのちは、一度に送ってもらう量を減らして再度交渉をすることにした。現在も交渉中であるが、次年度使用額は2021年度に調査旅行用にあてていた予算と合わせて、この草稿データ取り寄せのために使用する予定である。 助成金の残りは文献購入と学会参加費にあてられる。
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