研究課題/領域番号 |
19K13127
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
坂根 隆広 関西学院大学, 文学部, 准教授 (30755799)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | アメリカ文学 / 物象化 / フェティシズム / 身体 / 貨幣 / ジェンダー / 時間 / 記憶 |
研究実績の概要 |
2019年7月にアメリカ文学会関西支部で行った共同発表(シンポジウム)が2019年度における当研究の中心的な実績となる。F・スコット・フィッツジェラルドの後期の短編作品における「借金」の意義を、作家の伝記的事情も考慮しながら検討した。フィッツジェラルドは借金に依存しながら職業作家として生計を立てたが、その様態は、特に自動車の普及に伴う分割払い制度の発達によって、負債を背負う人々が急激に増加した当時のアメリカ社会の文脈とも呼応しながら、短編、長編を問わず、フィッツジェラルドの多くの作品に、多様に反映されていることが、本研究を通して明確になってきた。本発表ではその中でも、作者が最も直接的に借金の問題を扱ったといっていい、後期の短篇“Financing Finnegan” (1938)について考察した。作者の伝記的事情を考慮し1940年に発表された、やはり借金を扱った“Pat Hobby Does His Bit”という短篇と比較しながら読むことで、本作品には、(資本主義社会において)借金を背負う人間とはどのような存在であるのか、ということについての、作者の透徹した考察が埋め込まれていることを実証した。「借金」というテーマは、研究対象である他の作家の多くの作品においても重要な主題であり、借金という問題が身体や約束といった主題と連動しながらどのように作品内で展開しているかを検討した本発表の応用可能性は広く、20世紀前半のアメリカ文学における身体と経済の関係を検証する本研究の重要な成果だといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究は概ね順調に進捗している。「研究実績の概要」にあるとおり、2019年度は本研究に関する論文を公表していないが、これは研究初年度が、主にインプットの段階にあたることに起因する。直接経費を活用して、2019年度は、マルクス主義理論を中心とする経済理論やフランクフルト学派による批評理論など、研究の一つの柱である「経済」に関する文献を収集して調査した。そこでとりわけ重要な理論的支柱として、マルクス、ルカーチ、アドルノ、ベンヤミンらによって提起され洗練された物象化(reification)という概念の有用性が浮き彫りとなり、文学作品においては、物象化は主にフェティシズムの問題として表象されることが明確になってきた。以上の研究をとおして、20世紀前半のアメリカ文学作品における身体的・物質的なフェティシズムという問題を、経済的な物象化という問題と接続する素地が形成されたといえる。他方で、ヘンリー・ジェイムズ、ウィリアム・フォークナー・F・スコット・フィッツジェラルド、セオドア・ドライサー、ウィラ・キャザー、イーディス・ウォートン、ネラ・ラーセン等、広範囲に渡る20世紀前半のアメリカ作家の主要な作品を、経済・ジェンダー・身体という観点から読み直し、問題点の整理を試みた。また、それら作家についての主要な二次資料を収集・整理することで、研究の充実化を図った。その過程における主要な成果として、ジェイムズ、フィッツジェラルド、フォークナーを結ぶ線として、貨幣退蔵と循環という主題が浮かび上がってきたことが挙げられる。さらにこの主題は、記憶と時間性という問題と密接に結びついていることがわかり、この成果をもって研究は次の段階に入ったといえる。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究の中心が主にインプットの局面、すなわち一次資料と二次資料の収集、一次資料の洗い直しと、広範にわたる二次資料の検討による論点の再整理にあったのに対し、2020年度は、アウトプット、すなわち論文の発表へと徐々に重心を移動していくことで、研究をさらに推進したいと考えている。進捗状況でも触れたように、ジェイムズやフォークナーを研究することで見えてきたのは、20世紀前半のアメリカ文学における経済、身体、ジェンダーを結ぶ線としての、記憶と忘却、そして時間性(temporality)の重要性である。商品フェティシズムと、忘却と想起という問題が密接に絡んでいるのはいうまでもないが、資本と貨幣の動きは過去の抹消と保存という時間的な要素に深く規定される。貨幣とのアナロジーで捉えられる身体は、同様に過去、現在、未来が複雑な関係を結ぶ場所として作用し、ジェンダーやセクシュアリティのあり方にまで影響を及ぼす。ウィリアム・ジェイムズの心理学的言説や、ベルグソンの時間、身体、記憶をめぐる哲学的言説は、以上のような時間性の問題を歴史化する契機を本研究に付与するはずである。2020年度は、初年度で浮かび上がってきた時間性の重要性という観点から、身体・経済・ジェンダーの連関を再検討することで、本研究の視座をさらに拡大し洗練させ、そこで得られた知見をもとに、ジェイムズやフィッツジェラルドのなかでも、特に時間性や記憶の問題を扱った作品を改めて精査して研究論文を執筆し、国内外の学会誌に投稿することで研究のさらなる推進を図りたい。今後は、研究期間内に、発表原稿を学会誌等に投稿して成果の公表を行いたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品費は概ね予定通りの使用だったが、例年2月から3月にかけて開かれる学会(特にフィッツジェラルド協会)の研究会が、新型コロナウィルスをめぐる状況の混乱によって開催されずに、出張できなかったことが次年度使用額が生じた主な理由である。繰り越した研究費は、2020年度に資料収集のための物品費か、英語論文の校閲費のいずれかで使用する予定である。
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