研究課題/領域番号 |
19K13127
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
坂根 隆広 関西学院大学, 文学部, 准教授 (30755799)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | フィッツジェラルド / 貨幣 / 身体 |
研究実績の概要 |
2021年2月に『人文論究』に発表した論文「ユーモアと暗闇の弁証法―フィッツジェラルドの"Financing Finnegan"における借金,身体,貨幣」が2020年度における当研究の中心的な実績である。F・スコット・フィッツジェラルドの後期の代表的な短編作品である、"Financing Finnegan"および、"Pat Hobby Does His Bit"における「借金」の意義を、作家の伝記的事情も考慮しながら検討した論考であり、2019年度7月にアメリカ文学会関西支部の例会で発表した原稿を大幅に修正したものである。フィッツジェラルドは文芸エージェントや出版社、編集者からの借金に依存しながら職業作家として生計を立てたことで知られるが、そのような彼の経済的な事情は、自動車の普及や住宅ローンの増加に伴う分割払い制度の発達によって、借金を背負うことについての人々の心理的ハードルが著しく低下した1920年代から30年代の米国の背景とも呼応していた。本論考では、作者の手紙についての考察を起点としながら、フィッツジェラルドの後期の短編を以上のような時代背景との関連において精読することで、この時期の作家が、貨幣とは何か、借金と作家としての倫理との関係はどのようなものか、借金を背負うことは身体イメージの形成にいかなる影響を与えるのか、といった問題についてどのように考えていたかを明らかにした。さらに、そういった経済的事象についての作家の洞察が、ユーモアと深刻さが併存するこの時期の作家独特の文体とどのように関係しているかを検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新型コロナウイルスの流行のため、当初は学会活動も制限されたが、夏以降はオンラインによる学会等にも参加することができ、また、冬にはフィッツジェラルドに関する論考を発表することもできて、研究はおおむね順調に進展しているといえる。2020年度は、19世紀後半から20世紀前半における消費社会の発展と擬制資本(fictitious capital)の重要性の増大を背景にしながら加速度的に進んだ、貨幣と商品の論理の人間生活への浸透を、アメリカ作家がどのように描いたかを、特に、時間性、記憶、身体、そして主観性(subjectivity)をキーワードに考察した。研究の土台を成す理論的な枠組みについていえば、ベルグソン、ベンヤミン、フロイト、アドルノ、ジンメルといった同時代の思想家が時間や物象化について行った考察を参照するとともに、彼らの思想および、時間、記憶、主体性などについての、ドゥルーズやベルサーニ、ジジェク、ジェイムソン、リクールら、近年の思想家による解説を調査することで、これまでの枠組みのさらなる洗練を図った。そうして商品化と身体、時間性の連関についての理論的構築を進めながら、20世紀前半のアメリカ作家の作品を、特にフィッツジェラルド、ヘンリー・ジェイムズ、ウィラ・キャザーを中心に検討を進めた。そこで、上記の連関の文学的表象を検討するうえで特に精査すべき重要な作品として、ジェイムズの『大使たち』と『アメリカ印象記』、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』と『夜はやさし』、キャザーの『迷える夫人』と『教授の家』が浮かび上がってきた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度は、これまでの調査と理論的構築を踏まえたうえで、より一層アウトプットに重点を移していくことによって、研究を推進していきたい。進捗状況でも述べたように、これまでの研究によって、20世紀前半の文学作品における、商品・貨幣と身体、記憶、時間との関係を考えるうえで、とりわけ重要な作品として、ジェイムズ、フィッツジェラルド、キャザーの作品が浮かび上がってきた。今年度は、これまでの研究をとおして洗練してきた、経済、時間、記憶と身体についての理論的・歴史的考察を前提としながら、これらの具体的な作品についての、テクスト分析を中心とした精査を進め、オンラインによる学会での発表や研究論文の執筆を通して成果を積極的に発表していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの流行による学会のオンライン化が、次年度使用額が生じた主な理由である。繰り越した研究費は、2021年度に資料収集のための物品費か、英語論文の校閲費のいずれかで使用する予定である。
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