本研究は、ギリシア・ローマの修辞学的伝統の相互作用について問うものである。古代ギリシア・ローマ世界の修辞学はしばしば統一された一つの理論体系として捉えられがちであるが、実際にはそれは古代世界において時代・地域に応じた大きな多様性を持っていた。そこで本研究は、ギリシアとローマという地域・言語の差が修辞学理論にどう影響しているかを、ローマで修辞学が成熟した紀元後一世紀以降の両者の共通性と独自性に着目し、両地域で著された様々な修辞学文献をこの大きな文脈の中に位置づけることで解明することを目的とする。 ギリシア・ローマの修辞学者たちの相互の影響のあり方は時代的に大きく三つの段階に分けられると想定される。すなわち、ギリシアで成立した修辞学がローマへ移入した時期、ローマで修辞学が成熟し両地域の修辞学が一体化した時期、両地域の修辞学が次第に互いに乖離し独自の発展を遂げた時期である。 本年度は、昨年度に引き続いて、主に上記の第三の時期について、紀元後二世紀から古代末期までの間に両言語で書かれた様々な修辞学的著作における独自の発展を跡づけることを目指し、古代後期のギリシア語・ラテン語双方の修辞学理論書の調査を行うとともに、その結果に基づいて、この時期から生じ始めたと想定される両地域の修辞学の間に乖離の程度や経過を、政治的・文化的なローマ帝国の分裂との関連にも留意して考究した。 研究期間全体を通じて本研究は、ギリシア・ローマの修辞学の相互作用の三つの段階のそれぞれに属する資料の詳細な分析により、この相互作用の諸相とその歴史的変遷の有様を詳らかにした。
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