研究課題/領域番号 |
19K13139
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研究機関 | 京都市立芸術大学 |
研究代表者 |
中村 翠 京都市立芸術大学, 美術学部/美術研究科, 准教授 (00706301)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | アダプテーション / 19世紀 / 小説技法 / 翻案 / 自然主義 / 演劇 / 映画 / レアリスム |
研究実績の概要 |
本研究課題の3年目である2021年度は、大きく分けて二つの研究成果を発表した。 一つ目は、かねてより取り組んでいた、自然主義文学とアダプテーションの密接な関係を検証する論考である。19世紀のフランス自然主義文学や写実主義文学の作家たちは、自作品の翻案(アダプテーション)の試みの場として演劇ジャンルにあらためて重要性を見出した。そのような土壌から、従来の演劇の慣習を見直し、自然主義を基とした演出を考案したアンドレ・アントワーヌが輩出され、近代演劇に影響を与えた。さらに、新たな芸術ジャンルである映画においても、自然主義文学の果たした役割は大きい。映画黎明期には、文学作品をもとにした短編映画が多く作成されたが、それらは場面を寄せ集めた数分程度のものにすぎなかった。初めてフランスで撮られた30分を超える長編映画は、カペラニ監督によるゾラの『居酒屋』の翻案映画であり、このアダプテーション作品を機に、映画は本格的に大衆的娯楽の座を確立していったのである。こうした研究結果を6月に行われたリアリズム文学研究会にて口頭発表した。 二つ目は、ホフマンの小説『砂男』とオッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』における語りの比較について、大学の講義でおこなった実験を紹介しつつ考察した論文を執筆した。この研究論文では、コーパスを自然主義以外の19世紀の文学作品に広げ、原作中で用いられている語りの手法を指摘したうえで、原作をすでに知っている受容者とまだ知らない受容者の両者に有効な語りの、オペラ・アダプテーションにおける具体的な工夫例をも分析した。これは過去に世界文学会関西支部研究会にて口頭で発表した内容であるが、その直後に産休・育休に入り、形にできていなかったため、この機に新たな考察も付け加えながら論文化し、紀要に投稿・出版した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2021年度もCovid-19の感染拡大がおさまらず、予定していた国内・国外の学会に出席できない上、資料調査のための海外渡航も叶わなかったため、研究の進度は遅れている。とはいえ、研究計画を変更して、その間に移動を伴わずできることを進めた。すなわち、図書・DVD・Blu-ray・インターネットで閲覧できる資料などによる調査である。 一方で、研究手法が限られる中でもできることとして、アウトリーチ活動を積極的に行った年度となった。翻案(アダプテーション)と近似した性質を持つ翻訳(トランスレーション)は、本研究課題でもしばしば考察の対象圏に入ってくる概念であるが、その翻訳から派生し、なおかつアダプテーションにより近い創訳(トランスクリエーション)に携わるmorph transcreation株式会社から、本研究の内容についてインタビューを受け、同社のHPに記事が掲載された。文学研究に関わらない一般の読者層に向けた発信は、学術的な研究発表とは多少形態が異なるが、理解を広めるための重要な試みとして今後も取り組んでいく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
今後もしCovid-19の感染拡大がおさまってくるようであれば、草稿等の稀少資料についての調査旅行や学会出席といった出張を再開することとする。しかし、2022年度もCovid-19の状況によっては研究計画の軌道修正を余儀なくされる可能性がある。その場合は、予定していた資料調査や学会出席を控え、購入できる資料は貴重図書なども含め、できる限り購入して調査する。ただし、本研究課題の特色としては、生成研究に基づいたアプローチがあげられるので、研究期間を再延長してでも可能な限り草稿資料等の調査を取り入れていくことを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
2年にわたるCovid-19の感染拡大により、予定していた国内外の出張が困難となった。一例を挙げるならば、2022年3月に米国アラバマ大学にて開催されたAIZEN国際会議は、当地で対面にて行われたが、その前月に本課題研究者の家庭内で陽性者が出るなどして、参加は全く不可能であった。したがって、主に移動にまつわる支出がなかったため、次年度使用額が大きく生じている。これらの用途については、2022年度の状況が許せば出張費用にあて、それが困難な場合は貴重図書等の資料の購入にあてる。
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