研究課題
2023年度は、二つの道筋の研究をおこなった。一つ目は、前年度にリアリズム文学研究会にて発表した19世紀フランス自然主義文学とアダプテーションの密接な関係に関する研究内容を、新たな考察を加えながら論文として執筆した。エミール・ゾラ(1840~1902)が提唱した自然主義文学は、演劇に翻案されることで急速に世界中に広まったが、それと同時に、自然主義文学が演劇ジャンルの刷新を促したとも言える。ゾラに影響を受けたアンドレ・アントワーヌは、自然主義の理念を舞台に乗せる試みをする中で、新しい演出方法を確立していった。また黎明期の映画ジャンルが、娯楽として大衆に定着したのは、文学作品のアダプテーションを通してであったが、そこでも自然主義文学が大きな役割を果たしている。そもそも自然主義文学は19世紀の社会科学や自然科学の薫陶を受けており、遺伝と環境による人物への影響という考え方がこの文学潮流の特徴となっているが、まさにダーウィンの唱える進化論の「環境適応」は「アダプテーション」と呼ばれている。自然主義文学は、自然科学的な意味でのアダプテーションの理論を作品内に組み込みながら、それ自体がアダプテーションされ、別の芸術ジャンルに形を変えながら再生産されているのである。この研究論文は論文集『レアリスム再考:諸芸術における<現実>概念の交叉と横断』(三元社)に掲載され出版された。二つ目は、19世紀の他の地域の文学における同テーマとの比較である。本研究課題では前年度までにドイツ文学なども扱ってきたが、今回はロシア文学の映画および演劇アダプテーション作品について考察した。その結果は、学術論文としてではないものの、雑誌『悲劇喜劇』(早川書房)に寄稿し発行されている。
3: やや遅れている
2022年度もCovid-19の感染拡大を警戒して、国外での調査は控えたため、草稿・書簡・インタビューといった資料をもとに行う生成研究・受容研究のアプローチについては進捗が遅れることとなった。また、国外での学会発表も見送った。その代わり、前年度に引き続き国内で入手可能なテクスト資料や視聴覚資料を収集し、調査することに集中した。すなわち、19世紀のフランスやその周辺地域の文学と、それらのアダプテーション作品群を比較するアプローチである。こちらの研究は今後、順次まとめていく予定である。
前年度までは、Covid-19の感染拡大の影響により、とくに生成研究・受容研究が遅れがちになった。2023年度は移動の制限も緩和されつつあるため、これらの研究アプローチの遅れを取り戻すことを中心的に進めていく。具体的には資料収集や学会発表のための出張を再開する。また、前年度までの研究内容を学術論文として執筆する。
2022年度は依然としてCovid-19の感染拡大を警戒し、海外での資料収集や国際学会参加を控えたため、海外渡航費および欧文校閲のための人件費等を使用しなかった。2023年度は随時上記の研究活動を再開する予定であり、旅費の高騰も予想されるため、助成金の使用金額が増える見込みである。
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悲劇喜劇
巻: 818 ページ: 36-39