本研究では、談話データを用いて、指示詞が持つ体系性が人のコミュニケーションの基盤となる共同注意の成立にいかに寄与しているのかを分析した。 2019年度は、成人間の談話データから指示詞のプロトタイプ的な用法である外部照応用法を含む一連のやりとりを抽出して分析し、(i)指示詞を用いた外部照応はやりとり全体の目的(Main Activity (MA) )を遂行するためのSide Activity (SA) として生じる強い傾向があること、(ii)SA中、SAからMAへの移行時、その後のMA内での指示において、話し手は、聞き手の注意状態を推定し、Activityの遂行のためどれだけの注意を指示対象に向けさせるべきかを考慮して指示詞の意味素性・統語素性を選択し分けていることを示した。 2020年度は、人がペット(犬)に向けて指示詞を用いた指示を行う場面のデータを収集・分析し、上の(ii)のようなやりとりの局面に応じた指示詞の選択は人がペットに対して指示を行う場面では生じないことを示した。飼い主は、あたかも犬が言語を解するかのように話しかけ、指示を与え、特定の対象へ犬の注意を向けさせようとするだけでなく談話のような形のやりとりを行う。2021年度は、このような場面を詳細に分析し、人のペットに対する指示においては、指示詞の直示素性の切り替えは生じるものの、意味素性・統語素性の切り替えは生じないことを示した。この分析から、人の言語を用いたコミュニケーションの基盤となる共同注意場面において、人と人が共通理解に至るために必要な言語の体系性とは何かを明らかにすることができた。 さらに、2021年度は、中国語・ブラジルポルトガル語の談話データも収集・分析し、相手の注意状態に応じた指示詞の意味素性・統語素性の選択は、日本語以外の言語でもなされていることを明らかにした。
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