本研究は、日本語動詞領域を構成する統語・形態・意味的役割および相互作用を解明することを目的としており、具体的には 生成文法の一形態である分散形態論の枠組みを用いて日本語の「XP+軽動詞」の形式をもつ諸現象を「交替」の観点から包括的に記述・説明することによって、 日本語ならびに自然言語一般の動詞研究に新たな知見を提供することを目指している。 「XP+軽動詞」の形式をもつ現象には、XP内部で自他の「交替」が起こり、一律に軽動詞「する」を伴うタイプ(例:値上げ・値上がり(する))と軽動詞の「交替」によって自他の対立を示すタイプ(例:延期にする・なる)がある。最終年度である2021年度は「XP+軽動詞」の形式をもつ言語現象の分析を統合し、軽動詞「する・なる」の出現を制御するメカニズムの開発を行った。結論としては、軽動詞「する・なる」はVoice主要部に出現する形態であるという仮説、すなわち、軽動詞「する」はVoice主要部の非該当形であり、軽動詞「なる」は外項を取らないVoice主要部が動詞主要部vと局所関係に現れる具現形である、という新たな提案によって「XP+軽動詞」における「する・なる」の分布が正しく予測されることがわかった。これまで、日本語のVoice主要部の理論的実在性については他言語との比較などから統語的・意味的観点から保証されていたが、本研究により形態的にもVoiceを想定する理論的妥当性が保証されることになった。さらに、本研究の提案が正しいとすれば、これまで独立して研究されてきた「動名詞」は、「動詞由来複合語」と厳密には同じシステム(主要部と主要部の併合および範疇素性共有によるラベリング)で派生されることになる。このことは、他の複合語(複合形容詞)の派生や主要部と主要部の併合におけるラベリングメカニズムの解明に大きな意義をもつことになる。
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