2023年度は、これまでの女性声優の音声分析研究を総括し、成果を体系的にまとめる作業を行った。一人の声優に限定されていたが、より幅広い考察を行うには、複数の話者サンプルの分析が必要であることが明らかになった。そのための環境整備と、次なる研究の方向性を描く準備を進めた。 本研究を通して、メディア演技音声においては、ジェンダー表現を実現するための様々な音声的手段が用いられていることが明らかになった。まず、同一声優の女性役と男性役の音声を比較すると、女性役は自然発話の女性より高い基本周波数を示し、男性役は自然発話の男性よりかなり高いピッチ範囲を示していた。中央値は女性の自然発話に近く、ささやき声などの方略を用いることで、生理的制約を超えた幅広い役柄演じ分けが可能となっていた。ただし、場面や対話における役割によってもピッチ分布に違いがあった。次に母音のフォルマント周波数分析では、女性役で第2・3フォルマントが高い傾向があり、役柄のジェンダーイメージに応じた音質の違いが確認された。つまり、声優が高度な技術で母音の音質を変化させ、ジェンダー表現を実現していることがうかがえる。さらに文末イントネーションでも、女性役は疑問文以外でも上昇調が多用され、男性役では役柄の人物像に応じた使い分けがなされていた。イントネーションの運用の仕方を変えることで、ジェンダー表現が実現されていた。 以上のように、基本周波数、分節音の音質、イントネーションなど、様々な音声的手段を巧みに操ることで、生理的制約を超えた高度な演技によるジェンダー表現が体現されていた。
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