現代ベトナム語には漢語由来の語彙が数多く存在し,それらの語彙は漢越音という個々の漢字に対応するベトナム語音で構成される。本研究は,ベトナム人日本語学習者を対象とし,母語の漢越音の知識が日本語学習においてどのように利用され,日本語漢字単語の処理にどのように影響するか,について検討することを目的とする。2021年度は以下の調査及び実験の成果について発表した。 まず,ベトナム人上級日本語学習者を対象とし,漢字と漢越音の対応に関する知識量を測る筆記解答式のテストを行った上で,漢字と漢越音の対応について十分な知識量があることが確認された者のみを対象に,日本語漢字単語の処理過程を検討するために語彙判断課題による実験を実施した。筆記回答式のテストの結果から,ベトナム人上級日本語学習者の漢字と漢越音の対応に関する知識量は個人差が大きく,漢字単語の記憶の手がかりになり得る漢越音について意識的に対応を記憶し,日本語学習に利用している者と,そうでない者に明確に分かれることが示唆された。また,実験の結果,漢越音と音韻類似性が高い日本語漢字単語を処理する際に,ベトナム語の音韻表象の活性化が漢字単語の意味処理を促進することが示された。 さらに,日本語学習における漢越音知識の利用程度の個人差の背景を探るため,ベトナム人上級日本語学習者を対象に漢字や漢字単語の学習に関するインタビューを行った。その結果,いずれの学習者も上級に至るまで,自身の適性やその時点の状況や目的に合わせて,漢越音知識の利用の有無や利用方法も含め,戦略的に学習方略を選択してきたことが示唆された。 以上の結果は,これまで明らかでなかったベトナム人上級日本語学習者の漢越音知識の利用のあり方や,漢字単語の処理過程について新たな情報を提供し,その実態の一端を示した点で意義があると考えられる。
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