研究課題/領域番号 |
19K13386
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
紫垣 聡 大阪大学, 文学研究科, 招へい研究員 (90712745)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 官房学 / 人口思想 / 人口統計 / ポリツァイ / プロイセン / ズュースミルヒ / 科学と政治 |
研究実績の概要 |
2020年度は、前年度に実施した資料調査で記録した史料の分析を行った。利用した史料は、プロイセン枢密文書館に所蔵されている、18世紀プロイセンの人口統計や疾病、医療、衛生に関する中央政府の文書である。これらの記録はフリードリヒ大王の治世(1740-86年)に急増し、なかでも人口統計は七年戦争(1756-63年)後には毎年継続して調査・報告されるようになった。成人、子ども、奉公人を男女別に集計する人口調査に加え、毎年の婚姻数、洗礼者(≒出生)数、死亡者数をまとめ、全項目において前年からの増減を記録していた。こうした記録から、18世紀半ば以降プロイセン政府が領内の人口動態とその政策的利用に強い関心を抱いていたことがわかる。また18世紀後半の医療、疾病に関する政策では、従来の地域レベルでの個別対応に加え、経験的知見にもとづく全般的・制度的施策がとられ始めた。 これら実際に行われた人口政策は、官房学の人口論やその提言にもとづいたものだったのか。これまでの調査では、両者の直接的なつながりは明らかになっていない。人口動態を数量的に把握することの重要性は共通して持っていたが、官房学者が実際の政策の立案・実行をリードしていたことを示す記録は見当たらない。むしろ行政の現場は独自の論理にもとづいて人口調査や疾病対策にあたっていたようである。ズュースミルヒとその主著『神の秩序』が官房学の人口論に影響を与えたことは疑いないが、具体的な政策までも規定していたとはいえない。しかしながら両者は、18世紀半ばのヨーロッパに胎動していた社会科学的な方法による世界の把握にもとづいていた点では共通している。ここまでの研究成果は、2020年12月に開催された第70回日本西洋史学会において発表した(論題:「近世ドイツ官房学における人口論――ズュースミルヒ『神の秩序』を中心に――」)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究初年度は比較的順調に研究を進められていたが、2020年度は新型コロナウイルスの蔓延により社会状況や研究環境が一変したことを受けて、研究の進捗にブレーキがかかった。年度内に予定していたドイツでの資料調査は、渡航制限や現地での隔離措置などから断念せざるをえなかった。1回目の資料調査で得られたデータでは研究の遂行には不十分であり、史料の分析を深めるにはより多くの人口統計等の記録・文書を必要とするため、この作業は停滞している。 研究環境という点でも、2020年度前半はとくに大学への入構や図書館の利用が制限されたために研究の実施にしばしば不都合が生じた。また大学の授業がいっせいにリモート授業に変更となったことで、その対応に多くの研究リソースを割くことを余儀なくされた。こうした状況において、本研究に専念することができる時間が予定より減少し、研究の進捗状況に遅れが生じることになった。研究成果の発信という点では、【研究実績の概要】で記した日本西洋史学会での研究発表があった。しかし当初の予定では5月に行われるはずが延期され、そのことも進捗状況の遅れに影響している。また研究発表はオンライン(Zoomウェビナー)で実施したが、通常の対面で行われる学会よりもフィードバックが少なかったのではないかと思われる。 研究の進捗に遅れが生じていることは、多くの面でやむをえない事情によるものではあるが、一方で自身が状況の変化により適切に対応していればもっと研究を進めることができていただろうという反省点もある。今後の研究に生かしたい。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の予定最終年度となる2021年度もコロナ禍はしばらく続くだろう。本研究の遂行において懸念されるのは、ドイツでの資料調査がいつ実施できるのかだ。ドイツに入国した後の隔離措置が解除される前提としてワクチン接種が必要となると、状況はいまだ不透明だが年内はおそらく不可能で、年度末には資料調査が実施できるかもしれない。いずれにせよ当初予定していた研究目的を達成するには、研究期間を延長せざるをえないだろう。 史料の分析が滞ることは避けられない状況だが、これまでの研究から得られた成果を学術論文として発表する。『神の秩序』で示された人口動態に関する知見と思想は、18世紀半ばの盛期官房学における人口論の形成と関連していた。それまでの政治的著述でも人口が多いことを善とし、国内への植民政策や医療・衛生政策により人口の増大を図ることは提言されていた。18世紀半ばの代表的な官房学者J.H.G.v.ユスティらの人口論においては、『神の秩序』が示した人口理論と人口動態の法則性が反映され、人口の動きを計量的に把握したうえで婚姻・医療政策などにより政府が積極的に人口をコントロールすることを訴える。ここに従来の経済的な人口思想と「科学的」な人口理論が融合し、官房学を特徴づける人口論が形成された。 このように官房学の人口論についてはかなり研究を進められているが、プロイセンの人口政策との関連はいまだ明らかにできていない(【研究実績の概要】参照)。しかし直接的なつながりがないとしても、それがわかったこと自体はひとつの成果である。人口に関する統計調査を発達させることの意図と目的、その効果は何だったのか。官房学にみられる政策論とは異なる側面から考察し、この統治の手法の歴史的な文脈や意義を明らかにすることが新たな課題として浮かび上がってきた。2021年度は最初の資料調査で入手した一次史料を利用して分析を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していたドイツでの資料調査が、新型コロナウイルス感染拡大にともなう諸事情により中止となったため。 次年度に改めて資料調査を行うさいに使用する。
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