研究課題/領域番号 |
19K13392
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
福山 佑子 早稲田大学, 国際学術院, 講師(任期付) (40633425)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 古代ローマ / ローマ皇帝 / 記憶 / 記録 |
研究実績の概要 |
本研究は帝政前期ローマで繰り返された皇帝位をめぐる内乱や政権交代という「危機」が、いかに歴史に織り込まれていったのかという問題を分析することで、古代ローマにおける過去の歴史認識と集合的記憶の改変過程を明らかにすることを目的としている。その一環として、2019年度には、アウグストゥスとコンモドゥスの記憶が彼らの死後にいかに利用されたのかについての論文2本を刊行することができた。 まず、6月に刊行された「近代イタリアにおけるアウグストゥス : アウグストゥス霊廟とローマ皇帝の記憶」『史潮』85号、21 - 45頁では、初代ローマ皇帝であるアウグストゥスの記憶を後世に伝える役割を持つ霊廟が、後世の破壊や転用を経ていかに記憶の再構築が行われたのかについて、ローマ国立文書館の史料も使いながら論じた。古代における「危機」を直接扱ったものではないが、皇帝の記憶が都市ローマの歴史にいかに取り込まれ、利用されたのかを明らかにすることで、皇帝を用いた集合的記憶の形成の一例を提示している。また、同じく6月に刊行された「コンモドゥスの記録と記憶 : 碑文に刻まれた2世紀末の皇帝・元老院関係」『歴史学研究』984号、48 - 56頁 では、コンモドゥスの死後に生じた帝位継承をめぐる混乱を皇帝の記録を軸として分析することで、元老院の決定を皇帝が覆し、新たな記憶を構築する過程とその影響を明らかにした。 また、9月には研究に必要な資料を集めるためにイタリアに渡航し、現地の文書館や図書館での資料調査も行っており、今後の研究で活用する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究初年度にあたる2019年度には、2本の雑誌論文を刊行することができ、順調に研究を進めることができたと考えている。コンモドゥスについての研究では、死後に「悪帝」として断罪された皇帝の記憶が後の皇帝によって名誉回復されつつも、元老院よりの立場をとる歴史書の記述が記憶の継承に作用したことによって「悪帝」というイメージが確立されたことを明らかにしたが、今後はこの研究で用いた、「悪帝」による危機がローマの歴史の中に織り込まれていく過程を検討する手法を用いながら、他の皇帝の殺害などによって生じた「危機」がいかに集合的記憶の形成に利用され、ローマの皇帝の系譜がつくられていったのかについて分析をすすめていきたい。 9月にイタリアで行った史料調査では、関東地方を襲った大型の台風によって予定されていたフライトが欠航になり、当初予定していた渡航期間が2日間短縮されてしまったものの、現地の文書館員の協力もあり、無事にヴェローナとローマにおいて資料調査を行うことができた。Archivio dello Statoでの調査に加え、ローマではこれまで非公開であった本研究で必要とする碑文史料を初めて実際に確認することもでき、研究に必要な文献もローマのBiblioteca di Archeologia e Storia dell'Arteで入手できている。これらの資料を活用しながら、今後の研究をすすめていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度の研究成果も踏まえつつ、2020年度は当初の研究計画に沿ってこれまで研究の対象としてこなかった皇帝の事例を調査し、帝政前期を通じて「悪帝」の記憶がいかに利用されたのかについての全体像を示す予定である。 新型コロナウイルスの影響により海外での調査が困難な見通しであることもあり、主に国内でラテン碑文集成、ラテン碑文データベース(EAGLE https://www.eagle-network.eu/resources/search-inscriptions/)、ギリシア碑文データベース(PHI https://inscriptions.packhum.org/)などを用いて研究を進めていく。これらから「悪帝」とされた皇帝たちの碑文を集め、碑文そのものの破壊の有無、碑文からの名前の削除の有無、設置場所、碑文の出土場所などのコンテクストを個別に確認した上で、帝国各地の公共空間に設置された「危機」の時代の皇帝たちの記録の状況をまとめていく。その上で、「悪帝」に対する帝国各地の反応を、「悪帝」に言及している古代の著作家たちの叙述史料におけるイメージと併せて分析することで、「悪帝」の記憶の形成過程を明らかにしていきたいと考えている。 このような「悪帝」の記録の作り変えの結果として生じた新たな記憶は、過去の歴史として人々の集合的記憶の一部になっていく。2020年度はローマの皇帝の系譜がいかに作られたのかということに焦点をあて、帝政前期という長い期間に生じた変化を、皇帝と元老院の関係という政治的文脈と、碑文などの記念物の扱い方を中心とした文化的文脈の2点から議論を行いたい。 2020年度は学会や研究会の開催は不透明な部分があるため、論文など活字での研究成果の発表を念頭におきつつ、研究を進めていく予定である。
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