研究課題/領域番号 |
19K13392
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
福山 佑子 早稲田大学, 国際学術院, 講師(任期付) (40633425)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 古代ローマ / ローマ皇帝 / 記憶 / 集合的記憶 / 文化的記憶 |
研究実績の概要 |
今年度は、研究課題であるローマ皇帝の帝位交代の際に行われた 今年度は、研究課題である帝政前期のローマ皇帝の帝位交代の際に行われたメモリア(記憶・記録)に対する攻撃を総括的に分析した書籍を刊行することができた。 この『ダムナティオ・メモリアエ-作り変えられたローマ皇帝の記憶-』は、表向きは元老院が行った決議によって行われることがあったメモリアへの攻撃を通じて、皇帝と元老院がどのような関係にあり、その関係がいかに変化したのかについて分析を行ったものである。 具体的には、文献史料と碑文や彫像などの記念物に残された痕跡から、カリグラからセウェルス・アレクサンデルまでの皇帝たちのメモリアが、どのような理由付けで、どのように攻撃されたのかを事例ごとに検討することで、この帝政前期という時代における皇帝・元老院関係の変化を描き出してみた。 また、これらの皇帝たちは、碑文や彫像が破壊され、時にはその痕跡が公の場に掲示され続けることによって、歴史書などを読まない人々にも「悪帝」として断罪されたとする記憶が示されていたが、その一方で、この集合的記憶を作るための媒体としての彫像、碑文、モニュメント、建築物などの重要性は、2世紀末頃から低下しつつあったことも示すことができた。この記念物に対する認識の変化は、集合的記憶を構築する方法に変化が生じたことの現れであるとも言える。そこで次年度以降の研究では、2世紀末から3世紀初めの集合的記憶の構築方法の変化や記念物の位置づけ、公共空間の利用について、より研究を深めていく予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の2年目にあたる2020年度には、1冊の書籍を刊行することができ、順調に研究をすすめることができた。帝政前期のローマ皇帝に対するダムナティオ・メモリアエを扱ったこの書籍では、「悪帝」の記憶を構築するためのメモリアへの攻撃が叙述史料においてどのように認識されたのか、また彫像や碑文における破壊の有無はいかなる状況であったのかを比較検討することで、断罪された皇帝の悪しきイメージの構築とその変容について明らかにしている。これまで個別事例の検討が多く行われてきた「悪帝」のメモリアへの攻撃を通時的に眺めることができたことにより、皇帝と元老院の関係の変化や集合的記憶を構築するために用いられた彫像や碑文といった媒体に対する認識の変化を浮かび上がらせることができた。 刊行後には、内容について様々な研究者からのフィードバックをいただくこともできている。その中には、今後の研究の新たな展開に繋がるものもあり、次年度以降はフィードバックを踏まえつつ、より集合的記憶の構築の手法について掘り下げる研究に発展させていく予定である。 その一方で、当初の研究計画に記載していた海外調査は新型コロナウイルスの影響で行うことはできなかったが、オンラインでのイタリアやアメリカの研究者との意見交換を継続的に行うことができ、共同研究にも繋がりつつある。また、次年度以降に刊行が予定されている研究成果もあり、感染症による物理的な制約はあるものの、研究自体については順調に進展している状況である。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度に刊行した書籍の内容を基礎としつつ、2021年度には集合的記憶の構築により焦点を絞って研究を進めていく予定である。特に書籍で中心に扱った叙述史料や彫像や碑文などの個別の事例だけではなく、都市の公共空間というより広い範囲における集合的記憶の構築へと研究を発展させていきたいと考えている。 2020年度の研究では帝政前期という長い期間に生じた変化を、皇帝と元老院の関係という政治的文脈と、碑文などの記念物の扱い方を中心とした文化的文脈の2点から分析することで社会の変化を示すことができた。なかでも2世紀末から3世紀初め頃に彫像や碑文が集合的記憶の形成に果たしていた役割が薄れつつあったことを指摘したが、「悪帝」の事例に限らず都市の公共空間に設置されていたこれらの記念物全般に対する認識を改めて検討し、その上で後に「悪帝」というイメージが構築された事例における記念物への攻撃の位置付けを再検討していきたいと考えている。特に首都ローマについては発掘成果などを利用しつつ、3世紀の危機やそれ以降の時代においてフォルムなどの公共空間が元老院や皇帝によってどのように利用されたかを分析する研究成果が刊行されつつある。そこで、書籍で検討した3世紀初めまでの事例を、その後のメモリアへの攻撃や公共空間の使われ方の変化と併せて分析することで、帝政前期の末に起きた変化の要因と、集合的記憶の構築手法の変化について検討したいと考えている。 その成果は学会や研究会での報告や、論文などの形で発表していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの蔓延により、海外での資料調査を行うことができなかったため、次年度使用額が生じた。これについては、次年度以降の海外調査や海外での研究発表において使用する予定である。
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