本研究の最終年度にあたる2023年度には、まず4-6月に在外研究でイタリアへ滞在し、現地の研究会への参加、研究についての意見交換、文献資料の収集などを実施した。滞在中には、受け入れ先であるフィレンツェ大学の研究者だけでなく、ローマ大学、ミラノのサクロ・クオーレ大学、ヴェネツィアのカ・フォスカリ大学の研究者と面会し、研究についての助言を得ることができた。7月以降は本研究の内容の一部について研究会での報告を行いつつ、論文の執筆を中心に研究を進めていった。また、研究で用いる史料に関連した国際学会での研究発表と成果の刊行も行っている。2023年度には十分な研究時間を確保できたため、本研究課題の成果を英語論文にまとめる作業を進めていった。 本研究は、帝政前期ローマで繰り返された政権交代という「危機」が、いかに歴史に織り込まれていったのかという問題の分析を通じて、古代ローマにおける過去の歴史認識と集合的記憶の改変過程を明らかにすることを目的としたものであった。研究期間の全体を通じた成果としては、まず『ダムナティオ・メモリアエ-作り変えられたローマ皇帝の記憶-』岩波書店、2020年の刊行があげられる。この本では、暗殺などによる皇帝の突然の死が主に2世紀と3世紀の歴史叙述においていかに描写されていたのかに着目し、このような「危機」についての描写が時期や社会背景に応じて変化していたことを述べた。この書籍は当初の研究成果の発表予定に比べて早い時期の刊行となったが、これを基礎として研究をすすめることで、古代ローマにおいてつくられた過去の記憶が2、3世紀のローマの歴史叙述だけでなく、より後の時代においてもいかに受容されたのかという問題についても取り組み始めることができたことから、当初の想定以上に研究の広がりを持つことができた。
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