本研究は、帝政前期ローマで繰り返された皇帝位をめぐる内乱や政権交代という「危機」が、いかに後代の皇帝にとって都合の良い形で歴史に織り込まれていったのかという問題を分析することで、古代ローマにおける過去の歴史認識や集合的記憶の改変過程の可視化を目的とするものであった。この恣意的な集合的記憶の構築過程の解明という課題に取り組むために、碑文史料に残された「危機」の時代の記録と元老院議員などの人物が少し後の時代に記した歴史書における「危機」についての叙述の比較を行ない、「危機」に対する認識の定型化とその変容、また意図的な「危機」像の構築がいかに行われたのかを明らかにすることができた。
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