本研究課題は、植民地時代スペイン領南米チキトス地方での先住民のキリスト教化事業について、同地方のイエズス会布教区でつくられた先住民言語チキタノ語とスペイン語による辞書や教会音楽の楽譜史料から分析を行うものである。新型コロナウイルス感染症流行の影響により海外での史料調査は行わなかったが、隣接分野の研究者との国境を跨いだ情報交換により研究の継続が可能となった。2022年度は2021年度から引き続き、研究対象となる史料の分析を進めると同時に本研究課題の関連分野に関する理論研究に注力した。これまでは植民地時代のスペイン領アメリカにおける宣教活動という枠組みを中心としつつ、キリスト教の人類学というよりマクロな文脈を視野に入れた研究をおこなってきたが、さらに聖書について論じた人類学者の文献や大航海時代の他者との接触に関する豊富な研究蓄積のレビューを加えることで、他者性をめぐる現代文化人類学の知見との接続が可能となった。また植民地時代につくられたチキタノ語とスペイン語による辞書や楽譜史料の分析にあたっては、キリスト教の典礼や宣教活動における翻訳の中心性や個人主義概念の特異性などについての近年の研究動向に本事例を位置付ける必要があった。さらに植民地時代における宣教師と先住民の双方の手による書記活動をリテラシー・スタディーズの研究動向と関連づけた上で、その長期的な社会史的意義を整理することができた。
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