研究課題/領域番号 |
19K13461
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
河合 文 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 助教 (30818571)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 狩猟採集民 / 移動と社会 / 空間の再編 / オラン・アスリ / マレーシア |
研究実績の概要 |
半島マレーシアは河川を主な交通路として社会が発展してきた地域である。しかし植民地時代に鉄道が開通したのを始めに陸路建設が本格的になり、現在まで道路の建設が続けられてきた。これによって人びとの日常の交通手段も筏や船からバイクや車へと変化してきたが、特に近年は、こうした変化が奥地でみられるようになっている。 本研究で対象とするクランタン州クアラ・コ村のバテッも、1990年代より政府が設置した村を拠点としつつ、筏で川を移動するだけでなく道路を使って資源探索を行うようになった。それとともに、従来の家族単位でのキャンプ移動に加えて、男性が広域を移動して資源探索に従事し、その間女性と子どもは拠点に留まるという暮らしを組み合わせるようになっている。また乗り物を利用できる人とそうでない人、という差異も集団内にみられる。本研究ではこうした移動性の変化の下にある狩猟採集民社会の動態を、(1)個人の日々の空間利用と移動の実態、(2)対象とする個人の親族関係や社会ネットワークの比較分析、(3)移動がなされる環境の成立や背景という3点に着目して調査・分析し、それらを総合的に考察する。 2020年度はクアラ・コ村と彼らの親族が暮らすオラン・アスリ村で、(1)個人の日々の空間利用と移動の実態の調査と、(2)個々人の親族関係や社会ネットワークの把握を行う予定であった。しかし新型コロナウイルスの感染拡大により、現地で調査を実施することができなかった。 そこで、現地協力者や行政関係者、またスマートフォンで連絡可能な個人と連絡をとりつつ、現状把握に努め、これまで蓄積してきたデータと照らし合わせて分析を進めた。また、オンラインでの国際セミナーへの参加等を通して研究者と議論を深め、マレーシアの大学関係者を対象としたオンラン講演では、主にマレー系の人びとの考えを知ることもできた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度はフィールド調査を実施することができなかったが、オンラインや電話で現地の状況を把握したり、研究者や現地の人びとと議論の場をもつなどして情報の収集と研究の進展に努めた。 現地では新型コロナ感染症の流行を背景とした社会状況下で対象集団の移動に関して想定外の状況が生じたが、これは(1)と(2)に関連した彼らの社会関係について、特にジェンダーに関する側面を露呈した。マレーシアでは移動制限令が施行され、州を超えた移動が禁止されるのみならず、最も強制力の強い時には移動が自宅から10キロ以内に制限され、各地に検問所が設置された。これによってバテッが以前のように広域を移動して資源を探索・獲得することが困難になっただけでなく、得た資源を仲買人に売って現金を得ることもできない日が続いた。 しかしこうしたなかでも、現金獲得活動に従事するのは男性が中心で、その間に子どもの世話をするのは女性という傾向がみられた。電話やSNSでの調査では、男性が森で野生動植物を獲得して近くのプランテーション村に売りに行って現金を得て、主食となるコメを購入していることが明らかになった。こうした状況は、陸路開通以前に、川沿いに広がる森を利用しながら男女ともに交易用森林資源の獲得に従事していた頃と大きく異なり、本課題において重要な事実として位置付けられる。 またオンラインの国際セミナーや講演を通じて、(3)の現地の環境の変化について、現地マレーシアの人びとの知見を得ることができた。 さらに2019年度に得たデータと過去のデータをもとに、(3)の道路の開通を中心とした調査地の景観の変遷や、(2)の親族関係についての分析も進めた。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は引き続きデータの分析を進めるとともに、新型コロナウイルス感染症にかんする状況が改善され次第、フィールド調査を実施する。しかし新型コロナ感染拡大に対する状況によって現地へ行けない場合には、現地カウンターパート等と協力してオンラインでの調査も試みる。 フィールド調査ではクアラ・コ村のバテッを対象として、(1)個々人の日々の空間利用と移動を、移動の手段、時、場所、目的といった点に着目して調査する。具体的にはGPSを用いた空間利用調査、観察とインタビューといった方法をもちいる。さらにコロナ状況下における暮らしについても、移動や利用場所を中心にインタビューを行い、電話やオンラインのやり取りで把握できなかった詳細について調査する。なお当初予定していた他の村での調査は、コロナ状況を鑑みて2021年度は実施せず、より状況が落ち着いてから行う。 一方で2021年度中にフィールド調査を実施できない場合には、引き続き電話やオンラインで定期的に連絡をとって現状把握に努める。フィールド調査を行うのが最善ではあるが、長期に渡って現地に行けない場合に備え、電話やオンラインでも一定の調査ができるように質問項目やインタビュー方法を検討し、調査を試みる。なお現地の行政機関やNGO団体とも連絡を密にして、協力を依頼できそうな方法があれば、調査を依頼することも検討する。 またこれまで行ってきた分析は継続し、考察を加えて論文のかたちに整えて中間的なまとめとする。さらにフィールド調査の実施が難しい場合には、文献調査にも力を入れる。特に移動と社会の関係について、狩猟採集民に限らず様々な文献を広範に検討し理論的考察を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ感染症の世界的流行によりフィールド調査を実施できなかったために、フィールド調査予算として計上していた分に次年度使用額が生じた。 これについては、電話やオンラインでの調査経費として使用するほか、成果発表のための費用、物品費として使用する計画である。
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