研究課題/領域番号 |
19K13480
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研究機関 | 神奈川大学 |
研究代表者 |
朴 孝淑 神奈川大学, 法学部, 准教授 (70602952)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 高年齢者雇用政策 / 定年制 / 賃金ピーク制 / 再雇用制度 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,日本と韓国における高齢期の雇用政策及び所得保障政策の全体像を描写することにある。本研究の目的を達成するためには,まず,日韓における雇用政策及び所得保障政策の展開過程を確認する必要がある。 そのために,令和4年度の研究では,日本における高年齢者雇用の現状を知るために,改正高年齢者雇用安定法の意義と問題点等を検討し,その研究成果を研究会で報告,原稿を提出した。一方,韓国では2020年7月に,すべての就業者に雇用保険を適用する全国民雇用保険制度が新たに導入・適用された。そこで,本研究との関係では韓国の雇用保険制度及び全国民雇用保険制度を分析し,その研究成果を日本の学術誌(ソフト・ロー,査読有)に掲載した。 本研究では,定年延長の代わりに賃金を減額する場合や,再雇用制度の下で定年後も雇用を継続する場合に賃金水準をどのようにすべきかが非常に重要な問題となる(いわゆる,賃金の不利益変更の問題)。この点,2023年2月に出版した拙著『賃金の不利益変更-日韓の比較法的研究』(信山社)では,比較法的観点から,日韓の賃金の不利益変更の問題をめぐる判例と学説等を網羅的に検討しており,その研究成果は本研究にも非常に多くの示唆を与えてくれた。 関連して,最近,韓国では,賃金ピーク制(定年を延長する代わりに賃金を減額する制度)をめぐって注目すべき2つの大法院判決が出た。①賃金ピーク制が高齢者雇用法等で禁止されている合理的理由のない年齢差別に当たるか否かが争われた判決と,②労働者集団の同意を得て有効に変更された就業規則(賃金ピーク制)と労働契約との優劣関係が争われた判決である。これらの判決は,韓国社会にも大きな影響を与えており,理論上・実務上にも注目を集めている。本研究では,これらの大法院判決の持つ意義と学説の議論状況等について研究会で報告し,報告書を提出(2023年6月刊行予定)した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的を達成するための現在までの進捗状況は以下の通りである。 まず,令和4年度には,日本と韓国の高年齢者雇用政策と所得保障政策の動向を明らかにするために,両国において新たに導入・適用された制度を中心に研究を行った。 まず,日本の場合,2020年3月には高年齢者雇用安定法の一部を改正する法律案が可決・成立し,70歳までの就業機会の確保のため,現行の雇用確保措置に加え,新たな措置として就業確保措置を講ずることを事業主の努力義務とする法改正が行われた。そこで,本研究では,改正高年齢者雇用安定法の主な内容と意義,高年齢者雇用確保措置との相違や問題点等を分析した。その研究成果を研究会で報告し,報告書が刊行された。 韓国では,従来より,老後の所得保障制度が不十分であるとの問題が指摘されてきた。そこで,本研究では,韓国政府が2020年度に導入した「全国民雇用保険制度」を検討・分析し,その研究成果を日本の学術誌(ソフト・ロー,査読有り)に掲載した。 一方,本研究では,理論上,定年延長(再雇用)に伴う賃金減額の効力が問題となり得るため,この問題をめぐる日韓の議論状況や判例を検討・分析する必要がある。この点,2023年2月に刊行した拙著『賃金の不利益変更-日韓の比較法的研究』(信山社)では,日韓の就業規則の合理的変更法理を中心とした集団的賃金変更問題と,個別的賃金変更問題をほぼ網羅的に検討して,賃金の不利益変更法理の全体像を描き出し,これまで明らかにされてこなかった両国の法制度の相違を明らかにすることができた。特に,賃金の不利益変更をめぐる日韓の議論状況を確認することができ,本研究と関連して有益な比較法的示唆を導き出すことができた。今後の研究では,定年延長に伴う賃金減額が問題となった判例(裁判例)の分析を中心に研究を行っていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
令和5年度には,今までの研究成果を取りまとめ,その成果を学会や研究会等で発表,学会誌や報告書等に掲載していく予定である。 既に,上記の計画は進んでおり,今年4月には,東北大社会法研究会に報告者として参加し,「韓国の雇用保険制度」というタイトルで講演を行った。研究会では,韓国の高年齢者をめぐる政策の主な内容と問題点・課題等を紹介し,多くの研究者や実務家よりフィードバックをもらうことができた。 また,今年5月13日には,韓国のソウル大学日本研究所が主催する日本批評学術大会に報告者として参加して,「日本型雇用システムの下での高年齢者雇用政策」というタイトルで発表を行った。当日の学術大会では,分野の異なる多くの研究者と意見交換を行うことができ,本研究と関連して多くの示唆を得ることができた。報告内容は,「日本批評」という学術誌(Korean Citation Index登載,査読有)に掲載される予定である。 以上のように,日本と韓国の研究は順調に進んでおり,その研究実績は,上記で述べた通りである。 一方,今までは,新型コロナウイルス感染拡大防止の対策のため,当初予定していた海外訪問調査を行うことができなかったが,ここ最近,日本を含む世界各国の入国制限措置は緩和されており,これからは海外訪問調査を積極的に行う予定である。 諸外国の研究者からのフィードバックや意見交換は,本研究に有益な示唆を与えてくれると思われる。そこで,主な比較研究の対象国である韓国への訪問調査を通じて,韓国の研究者へのインタビュー調査や意見交換などを行う予定である。また,本研究では,欧米諸国の議論状況をも検討する予定である。そこで,イギリス(アメリカ)を訪問し,イギリスにおける高齢期の雇用政策及び所得保障政策に関する文献や関連資料を収集するなど,実態調査を通じてイギリスの議論状況を把握・検討する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初,本研究では,比較研究の対象国の研究機関や大学等を訪問して,専門家へのインタビュー調査及び関連資料の収集などを行う予定であった。しかし,2020年より新型コロナウイルス感染拡大防止の対策のため,海外訪問調査を計画通りに行うことができず,海外訪問調査のための予算を執行することができなくなった。 一方,最近,日本を含む世界各国の入国制限措置は緩和されており,本年度は,当初予定していた海外訪問調査を積極的に実施する予定である。そこで,去年,執行することができなかった研究費は,本年度の海外訪問調査(韓国,イギリス等)で使用する計画である。具体的には,旅費(航空券,宿泊代等)・インタビュー調査に伴う謝礼,資料の複写や書籍の購入費などである。
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