本年度は前年に引き続き、『ブラクトン』におけるローマ法の影響関係ならびにイングランド法(コモン・ロー)への展開について研究を行った。昨年度に検討した内縁関係者における物への法的権利取得についての『ブラクトン』の著述を元に、イングランド法の展開の基礎でもあった令状による訴訟提起を通じた権利救済の観点から、コモン・ローの初期より利用されていた2種類の訴訟開始令状に対する内縁関係者への適用について検討した。 上記の訴訟開始令状のうち、新侵奪不動産占有回復訴訟令状においては、これが事実上の占有状態の保護を念頭に置いていることもあり、令状の利用自体に関して不動産占有の主な取得原因でもある相続関係の成立が影響を与えないと『ブラクトン』が理解していることが明らかになった。その一方、相続不動産占有回復訴訟令状においては、この相続関係が直接に令状に関係するために、当事者の一方を非嫡出子とされる者が務める場合には、嫡出性の検討が必要と『ブラクトン』は理解するとともに、これを教会裁判所において検証することを求めていることが分かった。ただし、相続不動産占有回復訴訟令状においても、非嫡出子をその利用や当事者適格から排除する趣旨までは含んでおらず、『ブラクトン』はまた内縁者および内縁関係の子どもに関してはローマ法に多くを負いつつも、その権利救済において特段の区別を嫡出子と非嫡出子の間に先天的に置いていないことが確認できた。こうした『ブラクトン』的理解とその後のコモン・ロー法学との関係については、なお検討の余地を残す。 なお、『ブラクトン』が近代において再注目された原因の一つである本書内著述の法格言的利用について、これが明治初期の日本語法格言集にまで伝達された一方、その吸収過程において当初の意味合いから変化していったことを明らかにした。
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