研究課題/領域番号 |
19K13495
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研究機関 | 北九州市立大学 |
研究代表者 |
石塚 壮太郎 北九州市立大学, 法学部, 准教授 (90805061)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 社会権 / 生存権 / 枠組的権利 / 社会国家原理 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、――日本国憲法25条1項の文言上、主観的権利の存在が一見明らかであるにもかかわらず――最高裁が未だ承認していない社会権(とりわけ生存権)の存在証明と、それに基づく実効的な社会権の保障を達成することである。本研究は、次の3つに区分される。第1に、ドイツにおける社会権の構造――「枠組的権利」論――の解明、第2に、ドイツの社会権に基づく司法的統制のあり方の解明、第3に、日本への「枠組的権利」論の応用可能性の模索である。 ドイツ連邦憲法裁判所は、2010年ハルツⅣ判決(BVerfGE 125, 175)において、「生存権」を判例上承認した。ドイツ基本法下で一貫して「(給付請求権としての)生存権」を否定してきた同裁判所の解釈論的転回により、裁判所による「生存権」保障の可能性が開かれたことは、解釈論上も実務上も大きなインパクトをもたらした。社会扶助に関わる多くの事案が基本権問題化したからである。 とはいえ、ワイマール憲法の失敗から生じた基本法における社会権への抑制的傾向はよく知られているが、「社会権的なもの」が全くなかったわけではない。2019年度は、ドイツにおいて「社会権的なもの」がこれまでどのように論じられてきたか、ハルツⅣ判決のインパクトはどの程度のものであったかについて、文献研究やドイツの研究者との交流を通じて明らかにした。また、社会権のように、国家の客観法的義務(例えば、国家の社会的義務)とそれに対応する市民の主観的権利とが交錯する領域における、権利構造の解明に取り組んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度の主な課題は、ドイツにおいてもまだ新しい議論であり、さほど確立した結論があるとはいえない、給付請求権としての「生存権」について、それがどのような構造を持つものかについて、研究遂行の前提となる理解を確立することにあった。 ドイツにおいて、「生存権」を承認した2010年のハルツⅣ判決については、従来から検討を行ってきたところであるが、その具体的影響や、連邦憲法裁判所判例の転換への印象については、また調査・研究が進んでいなかった。そこで本年度は、ドイツの研究者らとの交流の中で、連邦憲法裁判所判例における「生存権の連続と断絶」を一定程度明らかにすることができた。 また、社会権に類似する構造をもつ権利についても検討を行い、客観法的義務と主観的権利との関係性についても検討を深めた。すなわち、EU基本権憲章8条1項で定められた「個人データの保護に対する権利」についてである。個人データの保護を求める権利は、個人データを保護すべき国家の義務と対応しており、それを具体化したEU一般データ保護規則(GDPR)において、主観的権利としては、①情報請求権、②アクセス請求権、③訂正請求権、④削除請求権、⑤制限権、⑥データポータビリティの権利、⑦異議申立権、⑧決定への人の介在請求権などと結びついている。この権利と生存権との構造上の類似性および規律内容の違いに起因する法的構図の異なりについて検討し、「生存権」の規範構造を示した枠組的権利の汎用性についてもある程度明らかにすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は、前年度の成果を踏まえ、社会権に基づく社会法の審査手法について、明らかにしていきたい。申請者は、すでに「生存権」と「健康権」の審査手法について検討を行い、その過程で、社会権領域では様々な統制手法が併用されていること、また各権利の性質によって、主として用いられる統制手法が異なっていたり、その重点が移動していることが明らかとしてきた。ここでは、裁量統制の手法に関する人権一般に通じる研究にも目を配りながら、社会権に関する裁量統制の手法の選択や適用場面を明らかにしたい。もっとも、社会権の裁量統制手法については、ドイツにおいても未だ明らかではないことが多く、判例の展開も学説上の議論も一定の方向性を見出していないため、状況が許せば、ドイツの研究者と何らかの形で交流し、示唆を得たいと考えている。 また、2021年の課題となる「枠組的権利」論の日本への応用可能性への準備として、日本における社会権関連判例について、整理しておきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画を一部前倒しして進めたため、2月から3月にかけて追加仕様が必要となり、20万円を前倒ししていただいたが、コロナウイルスの影響で出張等が取りやめになったこともあり、予定外に、若干の余剰が生じた。今般の状況が落ち着いたら、改めて出張に用いる予定である。
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