本年度は近代フランス法の中でも枢要な位置を占めるナポレオン民法典についての研究を行った。とりわけフランス民法典における「労務の賃貸借」という概念について、その意味するところを近年の先行研究を参照しつつ分析した。 ナポレオン民法典では労働を大きく家事使用人が含まれる役務の賃貸借と、請負(狭義の労務の賃貸借)という区分で規定している。一見して明らかなように、ここには、いわゆる資本主義的賃労働が含まれていない。 従来、フランス民法典における労働関連の条文は資本主義的賃労働をカバーするものでないゆえに「欠缺」として把握され(代表的論者としてグラッソン)、なぜそれが生じたのかという点が研究者の主たる関心となってきた。しかしこの理解には大きな問題が存在する。すなわちフランス民法典における労働関連条項の簡潔さは、現代のそれとは異なる当時の労働関係を反映したものであり、決して「欠缺」としてみなされるべきものではなかった。 近年の先行研究(代表格としてアラン・コトロ)が明らかにするように当時のフランスにおいては産業化の進展の停滞に伴う旧来型の労働形態がなお支配的であり、出来高払いで仕事を請け負う形態が相当程度一般的であった。彼らは使用者への従属性を中核とする労働者像とは大きく異なる存在であり、こうした労働形態にはまさに「労務の賃貸借」こそが適合的な法であったのである。 かように、近代法の初発においては現代社会法が前提とする労働関係とは大きく異なるそれが存在していたことを適切に理解しつつ近代法の形成を理解することが重要であるが、本研究の意義はそれにとどまらない。近年、労働契約から請負へ、という労働形態の変容という傾向がみられる中で、改めて現代の法状況を歴史的文脈に位置付けることは、今後なすべき法制度の対応にも大きな示唆を与えるものであるように思われるからである。なお研究成果は23年度に公表予定である。
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