研究課題/領域番号 |
19K13523
|
研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
秋山 公平 早稲田大学, 法学学術院, その他(招聘研究員) (50801081)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 貿易と人権 / 人権条項 / ビジネスと人権 / 米国・カナダ・メキシコ協定(USMCA) / 紛争処理 / 履行確保 |
研究実績の概要 |
2024年度は、『清水彰雄先生古稀記念 国際経済法の課題と展望』(信山社、2023年10月)に「貿易と人権(再考)」と題する論考を寄稿した。これは、社会的価値の一つとされる人権を題材として、国際経済法において人権の考慮が求められる要因について、経済思想や法学一般の観点から再考し、WTO協定における人権的価値の考慮に関する先例・学説の発展過程を整理した上で、EUの自由貿易協定に含まれる「人権条項」や、国際連合で議論がなされている「ビジネスと人権」分野の条約化の動向に関する実践や議論の現状の到達点を示したものである。本研究成果は、2023年度の研究成果を基にして公表したものである。次に、『フィナンシャル・レビュー』(財務総合政策研究所、2024年2月)に、「自由貿易協定における履行確保手続の発展-米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の労働・環境を題材としてー」と題する共著の論文を寄稿した。USMCAでは、個別事業所を対象とした「労働即応メカニズム」(Rapid Response Labor Mechanism)という新たな履行確保手段が採用されており、同メカニズムの下では、国家が他国の企業に対して労働法令の遵守を促すような仕組みが採用されている。また、環境分野においても、従前の北米自由貿易協定で採用されてきた個人申立手続を引継いでおり、これらの仕組みを通じて、労働・環境双方の分野において、私人の関与を伴う履行確保手段が発展してきている。本研究成果は、これらの点を、事例分析を通じて実証的に示すものである。最後に、国際法学会ホームページに、「エキスパートコメント:『貿易と労働』の最前線」(2024年3月)を寄稿し、19世紀後半から始まる論争の起源から、上記USMCAの新たな動向に至るまでの議論状況を整理した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
グローバルサプライチェーンにおける労働・人権・環境の保護は、国際社会の喫緊の課題として認識されるようになってきており、これらの関係の重要性を指摘する政策文書も次々に公表され、各国の取組み、とりわけ自由貿易協定における社会的価値関連規定の実践も日々進展している状況である。本研究課題にとって、新たに生ずるこれらの実践の整理は不可欠であり、当初想定したよりも検証に多くの時間が必要となってきている。しかし、2023年度までで、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)で導入された、労働に関する新たな履行確保メカニズムに関する実践分析は済んでおり、また、米国とは従来異なるアプローチをとるとされてきたEUの協定における紛争事例についても、2023年度までで一通りの分析は完了している。2024年度は、これらの新たな動向も研究成果に織り込みつつ、研究成果を統合していく予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
2024年度は研究の最終年度として、これまでの研究成果の統合を目指す。まず、2023年2月に第102回国際判例事例研究会で実施した「EU韓国自由貿易協定『貿易と持続可能な開発章』の不遵守に関する専門家パネル報告書」に関する口頭報告の研究成果を公表する。この事例では、米国の自由貿易協定に含まれる労働条項の下で生じた紛争とは異なり、労働条項(EUの協定では貿易及び持続可能な開発章に含まれる)の義務不遵守の際に要求される「貿易関連性」(労働条項の不遵守が当事国間の貿易に影響を与えるものであったか否か)の要件を一定程度緩和する判断が示されている。この貿易関連性について、一方で、米国の自由貿易協定の事例のように厳格な立証を要求すると、労働者保護が達成されないとの批判を招く可能性があり、他方で、それをまったく要求しないとなると、自由貿易協定のなかに労働条項が含まれる意義が問われることとなり、この論点は、労働条項が達成しようとする目的やその法的性格付に関する議論に影響を及ぼす。以上のように、これまで労働条項に関しては、米国の協定とEUの協定との間で、貿易関連性に関する異なる方向性が示されてきており、この点を明示的に指摘する研究は国内外をみてもいまだに存在しない。前述のとおり、本論点は、自由貿易協定における労働条項の役割を再考させる意義を有するため、これまでの研究における検討結果と併せて成果を公表する予定である。以上までの研究で、米国とEUという従来異なるアプローチを採用するとされてきた両者の貿易自由化の文脈における労働・環境・人権それぞれの分野における取組状況が整理されることとなる。2024年度はこれらの研究成果を統合し、国際経済法における社会的価値の実効的な実現に関する見解を世に示したいと考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2023年度は、米国とEUの自由貿易協定における実践に生じた新たな発展について整理を行っていたため、当初予定していた専門家との意見交換が実施できなかった。2023年度の研究成果で明らかとなったように、米国とEUとでは社会的価値関連規定の執行方法に関し、共通した制度でも異なる基本認識が看取できるようになってきている。これらの違いや今後の議論の方向性について意見交換すべく、次年度使用額については、専門家とのヒアリング調査を実施費用に充てたいと考えている。
|