研究課題/領域番号 |
19K13568
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研究機関 | 尾道市立大学 |
研究代表者 |
王 佳子 尾道市立大学, 経済情報学部, 講師 (50755296)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 会社補償 / 取締役 / 任務懈怠 / 悪意または重過失 / 図利加害目的 / デラウェア州 / 誠実 / 意図または故意 |
研究実績の概要 |
本研究は、2019年12月に成立した「会社法の一部を改正する法律」において、補償契約に関する条文が設けられるようになったことを踏まえて、会社がどのような取締役に対して補償を行うべきかとの観点から、アメリカ法やイギリス法との比較を通して、取締役の防御費用や損害賠償金に係る会社補償の範囲についての適切な考え方を提示することを目的とする。 このような目的のもとで、本研究は、3年間実施していくものであるが、初年度である2019年度においては、日本法における会社補償制度の位置づけを明らかにしてから、アメリカ法、とりわけ、デラウェア州法における会社補償の範囲を検討する予定であった。 その一環として、日本法については、会社補償が取締役に対して適切なインセンティブを付与することを趣旨としていること、この趣旨のもとで、会社が取締役に対していわゆる費用、損害賠償金と、和解金について補償することができること、インセンティブが行き過ぎたものにならないように、取締役の帰責性に応じて会社補償の有無が決められる仕組みになっており、すなわち、会社が、取締役が自己もしくは第三者の不正な利益を図り、または当該会社に損害を加える目的でその職務を執行したことを知ったときに、当該取締役に対して補償した費用に相当する金銭を返還するよう請求でき、会社が、取締役がその職務執行に関して第三者に生じた損害を賠償するとすれば、当該取締役が当該会社に対して任務懈怠を負う場合や、取締役がその職務を行うにつき悪意または重過失がある場合に損害賠償金や和解金の補償をしてはならないと言った制限が設けられていることが明らかになった。 また、デラウェア州法については、会社補償に関する条文が設けられた時代背景、現行のデラウェア州一般会社法145条にいう会社補償の範囲、会社補償に係る取締役の主観的要件について概括的な知見が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度において、日本法については、新設430条の2のもとで、会社が、取締役が自己もしくは第三者の不正な利益を図り、または当該会社に損害を加える目的でその職務を執行したことを知ったときに、当該取締役に対して補償した費用に相当する金銭を返還するよう請求できるようになっていること、会社が、取締役がその職務執行に関して第三者に生じた損害を賠償するとすれば、当該取締役が当該会社に対して任務懈怠を負う場合や、取締役がその職務を行うにつき悪意または重過失がある場合に損害賠償金や和解金の補償をしてはならないようになっていることを踏まえて、取締役の図利加害目的、任務懈怠、悪意・重過失の態様について研究を行った。このうち、任務懈怠と悪意・重過失の態様については、東京高裁平成30年9月20日判決をもとに考察し、その成果を所属研究機関と台湾の国立嘉儀大学との合同研究会で報告し、その報告を修正したものを所属研究機関の紀要に掲載した。また、図利加害目的については、背任罪ないし特別背任罪にいう図利加害目的に関する従前の議論を適用させた場合にどのような解釈が可能であるか、どのような問題を考慮していかなければならないかを考察し、その成果物を所属研究機関に提出し、紀要に掲載する予定である。 デラウェア州法については、取締役が誠実に、会社の最善の利益になり、またはそのような利益に反しないと合理的に信じる方法で行動することが事後補償の要件となっていることを踏まえて、モニタリングの局面におけるデラウェア州法上の取締役の誠実義務について研究を行い、その成果を所属研究機関の研究会で報告した。また、事後補償に係る取締役の誠実要件がどのような場合に充足されることになるかについても研究を始め、その成果を青山学院大学の企業法研究会で報告した。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は、デラウェア州法における会社補償の範囲に関する研究を継続していく予定である。とりわけ、連邦証券諸法の違反により取締役が民事責任を負うとされる場合のように、取締役が誠実であるかどうかが直接的な争点にならず、それについて明確な結論がない中で取締役が民事責任に問われる場合に、デラウェア州法のもとで、取締役が誠実要件を充足すると解されるかどうかを検討するとともに、誠実要件と、費用の前払い要件、すなわち、補償される権利を有しないと最終的に判断されないこととの間に関連性があることに基づいて、費用の前払い要件の充足がデラウェア州法のもとでどのように捉えられているかを提示したい。 2020年度において、イギリス法における会社補償の範囲に関する研究も始める予定である。2006年イギリス会社法234条によると、会社が取締役の第三者に対する責任を補償できるが、刑事訴訟手続において取締役に処される科料、規制上の要件の不遵守に対する罰則として取締役が規制機関に支払うべき金額、取締役を被告人とする刑事訴訟手続において有罪判決が下された場合の当該取締役の責任、取締役を被告として会社または関係会社が提起する民事訴訟手続において判決が下された場合の当該取締役の責任、訴訟上の救済の申請において裁判所が救済を与えることを拒絶した場合の取締役の責任を補償できないという。このような要件が導入された趣旨や、このような要件のもとでどのような取締役が補償されるかを明らかにしていきたい。 2021年度は、イギリス法における会社補償の範囲に関する研究を完了させた上で、デラウェア州法やイギリス法の研究を通して得られた知見をもとに、日本法として、取締役に適切なインセンティブを付与するために、どのような取締役に対して補償を行うべきかについて提言を行いたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は、デラウェア州法とイギリス法における会社補償の範囲を研究課題としていることから、当該課題に関する図書および雑誌を入手していく必要がある。また、研究課題に関する学術交流を図るために研究会や学会に参加する予定である。そのほかには、事務用品を適宜補充していきたいと考えている。 購入したい図書および雑誌には、デラウェア州会社法、デラウェア州証券法、連邦証券諸法、連邦反トラスト諸法、イギリス会社法に関するものや、日本の会社法、金融商品取引法に関するものがある。出席するために旅費が必要になる研究会には、広島企業法務研究会、岡山民事法研究会、岡山金融取引研究会、青山企業法研究会があり、学会には、私法学会、日米法学会、金融法学会、中四国法政学会がある。補充する可能性のある事務用品としては、トナー、コピー用紙、ファイル、筆記用具がある。
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