研究課題/領域番号 |
19K13635
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
高橋 力也 日本大学, 国際関係学部, 助教 (80779843)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 国際法の法典化 / 戦間期国際法 / 国際連盟 |
研究実績の概要 |
新型コロナウィルスの世界的流行に伴い、アメリカでの資料調査が不可能な状況にあったことから、国際法学者マンレー・ハドソンの個人文書を新たに収集する当初の予定は変更し、すでに収集済みの国際連盟史料館(League of Nations Archives)所蔵の史料を用いて、国際連盟におけるハドソンの国際法典編纂事業への関わりについて検討を行った。 1920年の国際連盟発足当初、国際法の発展に対する期待は高くなかった。そのことは、連盟規約において、国際法に正面から言及する箇所が前文のわずか一文であったことから看取できる。加えて、第一回連盟総会において、法典化事業への着手を求める決議案の検討がなされるも、イギリスなどの強硬な反対に遭い、否決された。以降、国際法の法典化の気運は急速に低下し、連盟総会の議題にも上がらなくなる。 この状況に変化をもたらしたのが、ハドソンであった。連盟事務局の法務部で一時勤務したこともあったハドソンは、エリック・ドラモンドら事務局幹部に対して、連盟が国際法の法典化を推進することを熱心に説いた。この主張を容れた事務局は、ハドソンの協力を得て、国際法の法典化を推し進めるための総会決議案の原案を起草した。事務局の求めに応じて、スウェーデンがこの決議案を1924年の第5回連盟総会で提示すると、今度は大きな反対もなく採択された。このようにして、1930年のハーグ国際法典編纂会議開催までの約6年間に亘る、国際法の法典化事業が開始された。連盟における国際法の発展において、ハドソンが果たした役目は決して小さくない。 上記の、国際連盟が法典化事業の端緒をつかむ過程におけるハドソンの役割については、2021年4月刊行予定の『国際政治』において論文を掲載した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当初は夏季・冬季・春季のいずれかの休暇期間を利用して渡米し、ハドソン文書に関する史料調査を行う予定であったが、新型コロナウィルスの影響等により、実施できなかった。他方で、すでに収集済みの国際連盟関連文書から、ハドソンが国際法の法典化作業に携わった過程について検討作業を行った。
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今後の研究の推進方策 |
時機を見計らって、米国のワシントンDC、ボストン、 ニューヘイブン等での史料調査を行う予定である。具体的には、ワシントンDCでは国務省の外交記録の収集、ボストンではハーバード大所蔵のハドソンの個人文章の追加的収集、そしてニューヘイブンではイエール大で、ハドソンともに国際法の法典化に尽力したエドウィン・ボーチャードの個人文書の収集を行う。今後の新型コロナウィルスの影響の推移によっては、調査日程や計画の縮小なども検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルスの影響によって、前年度に引き続き令和2年度もアメリカでの史料調査が不可能となった。これに伴い、補助事業期間の延長を行ったことで、次年度使用額が生じている。 感染症の拡大状況を見極めつつ、渡航が可能になり次第、ワシントンDC、ボストン、 ニューヘイブン等での史料調査を行なう。具体的には、ワシントンDCでは国務省の外交記録の収集、ボストンではハーバード大所蔵のハドソンの個人文章の追加的収集、そしてニューヘイブンではイエール大で、ハドソンともに国際法の法典化に尽力したエドウィン・ボーチャードの個人文書の収集を行う。今後の新型コロナウィルスの影響の推移によっては、調査日程や計画の縮小なども検討する。場合によっては、調査計画の縮小なども検討する。
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