本年度は、ロックの『パウロ書簡注解』(特に『コリント人への第一の手紙注解』)の分析を行った。ロックは、同著作で、「肉的な人」と「霊的な人」とを区別する。「霊的な人」とは、啓示への「同意」によって信仰を確立し、それによって、「神の知恵」(=福音の教義)を獲得した人のことである。ただし、そのためには、自ら知性を働かせて、「誤った教えから真実な教えを、善き有用なものを悪しき虚しい意見から見分け、神の聖霊によって啓示された真理を理解」しなければならない。この真理に至る方法は、ロックの知識論における真理の探究の方法と重なるものである。他方、「肉的な人」は、「特定の党派の見解」に左右され、自立的な知性の働きが妨げられるために、真理に到達することができない。ロックの注解によれば、パウロ自身、このことを問題視し、「反対派の中傷や非難から自らを擁護」するために、党派性を排除する議論を行っていたと解釈できる。晩年のロックについては、しばしば、理性から啓示に立脚点をシフトしたと言われるが、同著作の分析を通じて、ロックが自身の知識論を援用して注解を行っていることを具体的に示した(この研究成果については、ジョン・ロック研究会で口頭発表を行った)。 これまでの研究成果と合わせた本研究の意義として、特に以下の二点を挙げることができる。第一に、当時の歴史的文脈の中でロックの宗教的著作を分析することにより、ロックの聖書解釈の特徴をより明確に把握することができたことである。第二に、そうした聖書解釈を提示したロックの意図やその社会的意味合いについて、教義論争が過熱することによる宗教的熱狂や社会不安に対するロックの批判的態度の表れとして解釈できることを示したことである。当初の研究計画では、その社会的影響についても検討する予定であったが、当該期間において実施することができなかったため、今後の課題としたい。
|