行動経済学的な知見に基づく、企業の境界問題への新たな理論モデルの構築に着手した。 当初の年度計画では、学会発表や論文投稿といった成果発信を主たる活動として想定していたが、前年度以前で成果の雑誌掲載を完了したため、新たな研究課題への取り組みを開始することとした。 企業の境界問題の既存研究は、分析対象を不完備契約の事後的な再交渉にかかわる事前の問題(例えば、過少投資問題)とするか、事後の問題(例えば、再交渉の非効率性)とするかで、大きく二分されてきたが、最終年度の研究は行動経済学的仮定(損失回避)を用いることで、両問題を1つの理論モデルで描写・分析しようとするものであり、本研究課題全体の目的である「既存アプローチの議論の統合」を象徴する内容となっている。 最終年度の研究の特徴としては、(1)契約可能な関係特殊的投資に注目する点、(2)企業の境界の選択が契約再交渉の結果についての参照点に与える影響を分析する点の2点があげられる。前者に関しては、既存の企業の境界の理論分析の大半が関係特殊的投資の契約不可能性を欠くことのできない仮定として採用すること、後者に関しては既存の行動経済学的な企業理論が事前契約の内容を参照点と考えることと対照をなしている。結果として、企業の境界分析におけるインフォーマルな古典的主張(統合が関係特殊的投資を促進する)に理論的裏付けを与えるとともに、既存の行動経済学的企業理論の主張と覆す結果(非統合や共同所有が最適になるためには、取引参加者の損失回避度が十分低い必要がある)を示した。
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