本研究は,医療サービス商品の取引形態を明らかにすべく,雇用を通じた「信用」供与の仕組み,共同体的な相互扶助や名望家の拠出による「信用」供与の仕組み,都市社会政策および都市社会事業による「信用」供与の仕組み,そして公的医療保険としての健康保険による「信用」供与の仕組みについて,史料収集と分析を行うことを目的とする。 今年度はこのうち,とりわけ「都市社会政策や都市社会事業」の領域において,20世紀前半の東京市における都市社会政策としての「無料診療券」について史料収集が進展した。東京という全国のなかでは相対的に医療供給が充足していた地域において,この無料診療券という仕組みが医療サービス商品市場でどのように機能していたのか。今後の分析が重要になる。 「共同体における相互扶助や名望家による拠出」については,すでに一部の研究を発表している島根県鹿足郡津和野町の史料について引き続き収集史料の分析を進めている。病院を所有する名望家による病院会計への拠出についてはすでに研究発表をしているが,それとは別に個人の医療費支出に対して名望家が援助をする史料に注目している。 また「雇用を通じた「信用」の供与」については,北海道根室地域における漁業経営と出稼ぎ労働者の間に取り結ばれる「信用」供与のあり方について継続調査と史料分析を行った。経営者に出稼ぎ漁夫が提出する「差入証」(ある種の雇用契約)の文面の解読に,本研究課題の一つの答えが示されているようである。この論点については,分析段階から研究成果をまとめる段階に差し掛かりつつある。
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