研究課題/領域番号 |
19K13764
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研究機関 | 国文学研究資料館 |
研究代表者 |
高見 純 国文学研究資料館, 研究部, 特定研究員 (40825973)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 近世ヴェネツィア / 兄弟会 / 福祉のガバナンス / 財政 / 会計帳簿 / アーカイブズ |
研究実績の概要 |
本研究は、近世イタリア都市ヴェネツィアを事例に、都市の主たる福祉を担った俗人宗教兄弟会について、会が形成したアーカイブズの展開から導き出される財政運営と組織、及びその時期的な変化を解明し、これを兄弟会の16・17世紀の長期的な財政実態の推移との関係性の中で分析することで、近世ヴェネツィア都市社会における福祉のガバナンスの一端を明らかにしようとするものである。 初年度は、現地イタリアの国立ヴェネツィア文書館で、研究に必要な一次資料の収集に努めた。特に、兄弟会が形成したアーカイブズの具体的な展開を解明するには、兄弟会が作成した記録文書の全体像の把握に近づくことが欠かせない。そのためには、兄弟会による記録文書の整理や管理方法を理解することが肝要となる。そこで、まず第1に、記録文書の整理、保存、管理に言及した資料類の調査と収集に努めた。第2に、兄弟会の財政的な実態を理解するために必要となる、16・17世紀に記録された会計帳簿資料や資産管理に関わる資料について、兄弟会の資料群のみならず、都市の資産管理担当局の資料群も対象に含め、網羅的な調査を開始して資料の収集を試みた。併せて、ヴェネツィア史関連の文献が豊富に蓄積されたイタリア国立マルチャーナ図書館やパドヴァ大学図書館を利用して、関連する二次文献の収集にも努めた。 国内では、現地イタリアで収集した一次資料と二次文献の整理と分析を進めた。研究会での口頭発表の機会を活用して、16世紀以降における兄弟会の資産運営と財政的な状況の推移について検討する報告を行い、兄弟会の財政的な実態への理解の進展に努めた。また、兄弟会の<アーカイブズ実践>を考察する試みとして、兄弟会による記録文書の整理や保存、管理の具体的な推移と特徴について分析・検討し、その成果として、学術誌に査読付き論文を投稿し掲載に至った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の現地イタリアでの資料調査は3回を予定していたが、感染症の世界的な流行の影響を受けて、実際には2回の調査に留まった。3回目の資料調査が実現しなかったことが研究の進捗に影響を与えたことは確かであるが、実施した2回の調査では、当初計画していた以上の進展がみられたことから、初年度の資料調査は、全体的にはおおむね順調に進展していると評価できる。 本研究は、主に①アーカイブズ関連資料、②会計・資産関係資料、③都市政府側の資料の3種類の資料を用いて行われる。2回の調査によって、①については、現存資料の大半を発見し画像データを入手することができた。②については資料の一部を入手することができたが、とりわけ資料数が増大する17世紀の資料については、資料が存在するかどうか確認することはできたが、国立文書館に未だ未収集の資料が残されている。③の資料の収集は、兄弟会の資産に関する資料を一部入手したが、大半は2年次の課題となる。 以上のような資料収集の現況から、今年度は、②の資料群中で入手できた一部の資料の内容分析を進めると同時に、特に①の資料群を用いた分析と検討を中心に進めてきた。その成果は、「中近世ヴェネツィアにおける宗教兄弟会のアーカイブズ管理」(国文学研究資料館紀要:アーカイブズ研究篇)に纏められた。とりわけ、16世紀以降の兄弟会のアーカイブズの保存、整理、管理の様相が明らかになるとともに、アーカイブズ管理における進展局面が、会の資産管理における変動局面と関係していた可能性が示された。 また、16世紀の文書目録を確認すると、その多くが資産管理に関する記録類であったことも分かり、近世の兄弟会が保有したアーカイブズの全体像と性格の理解が進んだ。以上のような分析結果は、アーカイブズと資産管理の相互関係性を意識させるものであり、次年度で実施する研究の方向性を一定程度示す結果が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
初年度は、資料調査の一部が実現できなかったものの、入手した資料を用いて兄弟会のアーカイブズ管理についての分析が進み、会計・資産関係資料の一部内容分析も行なった。次年度は、以上のような初年度の状況を踏まえて、①未収集資料の入手、②収集資料の内容分析、③各カテゴリーの資料の資料群の相互連関を解明していくことが課題になる。 ①未収集資料として、先年度から行なっている会計・資産関係資料の収集を継続する。17世紀の現存資料数は比較的多いことから、現地ヴェネツィアの文書館で1日に閲覧できる資料数が限られている事情もあり、一定期間の資料調査を数回(2~3回を予定)実施することが必要となる。併せて、15-17世紀にかけての都市政府の兄弟会担当、施療院担当部局の議事録・条例・管理記録から、都市福祉に関する文言を収集する。 ②昨年度から行なっている資料分析を進める。まず、アーカイブズの展開については、昨年度のアーカイブズ管理に関する研究結果を踏まえ、今年度は、記録文書や記録者の仕組みと構成から、運営と組織の構成と連関について図式的な理解を進める。次に、会計・資産関係資料の内容分析を進め、兄弟会の具体的な財政実態の把握に努める。最後に、都市政府側の資料の文言内容の分析を進め、政府の思惑を理解する。 ③以上の内容分析を踏まえて、各資料カテゴリー相互の関係性を検討する。まず、アーカイブズの展開を財政的な実態との関係性の中で検討し、兄弟会の福祉運営の実態像を考察する。次に、その分析結果を、都市当局側の描いた福祉と重ね合わせ、比較・検討し、近世ヴェネツィア都市社会における福祉のガバナンスを考察する。 以上の研究成果を、学会報告や論文投稿の機会を利用して広く学術界に共有するとともに、研究の更なる醸成に努める。
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次年度使用額が生じた理由 |
感染症の世界的な流行に関わり、現地イタリアでの資料調査が一度実施できなくなったこともあり、次年度使用額が生じた。 今後の海外渡航には、今まで以上の予算が必要になると考えられることから、海外調査の費用として用いる予定である。
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